米国や中国のほうが日本の機微技術に詳しい

日本では、当時まだNSC(国家安全保障会議)に経済班がなく、杉田和博内閣官房副長官、古谷一之内閣官房副長官補(内政)の力を借りて、全省庁に対し、米国が気にしているような対中機微技術の洗い出しをお願いした。そもそも日本全体にどのような技術があるか、その全貌が分からなかったのである。作業は、まず、日本自身の技術を「知る」ところから始まった。

その結果が驚きであった。流石に日本であり、大概の技術はあることが分かった。しかし、担当の省庁のほとんどが「これがどうして軍事的に機微なんですか」と聞いてくる。軍事転用なんて考えたこともないから、何が危ないか分からないというのである。

そこで防衛省に聞くと「雀の涙の研究開発予算(2000億円)であり、防衛装備の研究開発で手いっぱいで、民生技術を見ている余裕がない」という。ある日、弾道ミサイルの話を安倍総理のところで話していると、防衛省幹部が「日本には成層圏再突入技術がないので、日本は持てないのです」と述べると、総理は「じゃあ、はやぶさはどうやって地球に帰ってきたんだ」と笑っておられた。日本の民生技術を見ていないのだと思った。そんなこんなで、結局、何も分からないということが分かった。

弾道ミサイルの弾頭
写真=iStock.com/BalkansCat
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米国や中国のほうがよほど日本の機微技術に詳しいらしいということになった。これでは「守る」どころの話ではない。

安全保障に転用できる技術を監視する発想も仕組みもなかった

この頃、自民党の甘利明議員や、安全保障貿易管理を担当する経産省から、危機意識が発信されるようになった。最初に動いたのは経産省だった。

機微技術移転は、産業スパイやサイバー攻撃のような裏口を使った不法なものだけではない。表玄関から堂々と機微技術を中国に移転することもできる。留学生を通じるものもあるが、より大規模なものとして、経営参入や合弁事業の設立、買収合併がある。

経済産業省は、2019年に外為法を改正した。それまでは外資による日本企業の株式取得の場合、取得株が全体の10パーセントを超えれば自動的に政府に通報が来る仕組みであったが、その上限を1パーセントに下げて、より厳しい監視の目を光らせることにした。

そこで問題となったのは、誰が機微技術の目利きをするかという問題である。

実は、それまで安全保障の観点から対内投資を監視するという発想は政府の中になかったのである。対内投資問題なので外為法上は財務省の所管となる。財務省に軍事技術の専門家はいない。そこで、総理官邸で全省庁が集まってきちんと協議することにした。

杉田内閣官房副長官をヘッドとするプチCIFIUS(米国対内外国投資委員会)のようなものができた。まだ国家安全保障局に経済班はなかったが、安全保障の専門家が揃っている国家安全保障局の協力も依頼した。国家安全保障局を通じてインテリジェンス・コミュニティの協力も得ることができた。こうして、ようやく経済安全保障に取り組む体制が立ち上がることになった。