男性は定年後の頭の切り替えが難しい
都内に住む大和田弘さん(五六歳・仮名)は、マンション管理組合のワンマン理事長などを見てきた経験から、「もちろん、人にもよるのでしょうが、現役時代にパワフルにやってきた方というのは、定年になってからの頭の切り替えがむずかしいなという気がします」と語る。
「女性の場合は自分のサイクルって決まっているじゃないですか。多分、夫が定年になったこと以外、趣味とか友だちづきあいとか、自分のポジションは変わらない。でも、男性は急に変わるのでどう対応していいのか迷うのだろうなと思います」
大和田さんの父は九三歳で、まだ現役で会社経営をしているそうだ。
「ずっと仕事をしているので変わらないです。多分まわりの社員たちは迷惑しているとは思いますけれども、健康なうちは働かせていたほうがいいのかなと。いろいろな方と話していると、自分が当事者になってまわりに迷惑をかけたくないから、どうすればいいのかを改めて考えなくてはいけないなと思います。定年になっても働いているのがいいのかなとも思っているところです」
管理職だとしても「人が偉い」わけではない
確かに、大和田さんが言うように、たとえば何人もの部下を従え能力を発揮してきた人が、定年になっていきなり頭を切り替えるのは簡単ではないのだろうということは想像できる。多くの人は仕事に励む中で経験と実績を積み、その成果として役職を授かる。よく聞くのは、再就職活動でセールスポイントを聞かれ、仕事上のスペシャリティではなく、「部長だった」ことなどを挙げる人が少なくないということだ。どうやら、能力イコール役職だと思っているようである。
さらには、役職イコール人間的価値だと思っている人もいるようだ。私がある大手企業の社長にインタビューをしたとき、彼は言った。
「社長の仕事は役割としては重い。でも、人が偉いわけではないんですね。それは、トップではなくても同じことです。立場が上になるほど、その境目がいい加減になってくることがあります。まわりが持ち上げるものだから、中には、“昇ってしまう”人がいるのです。だから、公私のけじめはしっかりつける、ということですね。『別に、人が偉いわけではない、役目が重いだけだから誤解はしないように』と、常々社員には話しています。管理職クラスの人でも、踏み外す人が出てくることがありますから」
おそらく、一線を退いても上から目線的な態度しかとれない人は、「役員としての自分」とか「部長としての自分」以外の世界に身を置くことがなく、会社人間を通してきた人なのだろう。それが普通だったのだから、そのまま続いているだけで、周囲の人間が違和感を感じていることにも気づかないのかもしれない。