無力感の中で見えてきたこと

もちろん大変なこともあった。子どもが生まれた翌日には、どうしても外せない会議があり、妻の病室のトイレからリモートで対応したこともある。赤ちゃんの世話に「結局、父親は母親にはかなわない」と無力感を覚えることもたびたびだった。

「オムツ替えのほか上の子の世話、洗濯や料理などを担って、できる限り妻の負荷を減らす努力をしました。妻からは、特に夜中のミルクづくりが助かったと言われました。男親にもできることはたくさんあると実感できましたし、人生の中でこうした経験ができて本当によかったと思っています」

谷内さんの育休取得は、自身の人生だけでなく会社の風土にも大きな影響を与えた。復帰した年、社内の男性育休取得率は10倍以上にも増加。翌年度には該当する男性のほぼ100%が取得するまでになった。

「ある程度の伸びは予想していたが、これほどとは思っていなかった」と谷内さん。社長がとったことで、育休取得者を少数派と見る風潮が変わったのかもしれない。男性社員からは「上司に言い出しやすくなった」という声が相次いだ。

男性の育休を義務化する必要はない

社内で男性育休への理解が一気に進んだのは、もともと社員の間に企業理念が根づいていたからでもある。谷内さんも、自身が取得する際には「世の流れがこうだから」「法律がこうだから」ではなく、参天製薬が目指す理想の世界である“Happiness with Vision”を自らが実践することを説明。この言葉が経営陣や社員の腹落ちにつながった。

「トップが理念を自分事化して発信すれば、企業文化も変わっていきます。ですから、個人的には男性育休の義務化は少し違和感を覚えます。日本ではまだ男性が育休を言い出しにくい企業も多いようですが、そこはトップが変えていくことが重要です。自ら行動で示しながら、皆がオープンに話せる企業文化をつくることができれば、そもそも義務化する必要はないはずです」

育休取得率が高い企業では、取得者の穴埋めをする社員の間に不公平感が生まれがちだ。だが参天製薬では、取得率が伸びてもそうした問題はほとんど起きなかったという。理念への理解や、中途入社や外国籍の社員も多い多様性のある環境が、互いの生き方を尊重する姿勢につながっているのだろう。