「家族は方言を話すのに、息子だけが共通語を話す」

方言主流社会の子どもは、家族が日常的に使い自らにも話しかけてくる方言と、テレビやDVDなどメディアから流れてくる共通語という2つのことばに曝されています。

そうであれば①定型発達はどのように周囲のことばを獲得するのか、②自閉症が周囲のことばを獲得できない理由はなにか、③自閉症はどのように共通語を獲得するか。

これに答えれば、自閉症は方言を話さないという謎を説いたことになるかもしれません。

まず、「定型発達児が家族の真似もテレビ・映画のキャラクター真似も可能であるのに対して、自閉症児では家族の真似は困難だがテレビ・映画のキャラクターの真似は可能」という現象に着目しました。

定型発達児は、周囲の人々と注意を共有し意図を理解したうえで模倣します。さらに、人の特徴を捉えてその人らしい身ぶりや言葉遣いを真似する自己化という過程を通してことばやことば遣いを身につけていきます。

しかし、共同注意・意図理解・自己化が苦手な自閉症児は周囲の人々のことばを身につけることがむずかしくなります。代わりに幾度も再生視聴できるDVD等のメディアや組織的学習場面で意図の理解は不十分なままに場面とことばをパターンとして結びつけてしまうのかもしれません。

そう考えていたところ、関西にお住まいの方から「私の息子がそうです。家族全員が方言を話しているのに、彼だけが共通語を話しています」との連絡がありました。

テレビを見ている女性
写真=iStock.com/0meer
※写真はイメージです

忸怩たる思いで妻には完敗を伝えたが……

お母さんの育児日記にはことばの発達の様子が実に詳細に記されていました。幼児期にことばの遅れを指摘されましたが、テレビやDVDの模倣が出るようになりました。そのうちDVDのセリフを現実場面でアレンジして使うようになり、次第にどのDVDからの流用かはわからなくなり、コミュニケーションにはぎこちなさを抱えながらも家族との会話も成り立つようになりました。

ただし、お母さんの印象は「(DVDなどの)記憶のストックの中から一瞬にして引き出している」という感じだそうです。この方の事例は、これまでの解釈と一致しそうでした。私は『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』(福村出版)にまとめました。そして、このたび角川ソフィア文庫で出版することになりました。

私の研究は一段落です。忸怩たる思いで妻には完敗を伝えました。もうこれで謎は解けたと思ったのです。

ところが出版を機に今度は、それまで共通語しか使わなかったのに方言を話すようになる自閉症の人がいるという新たな謎が寄せられました。一体何が起きているのか。もちろん謎は解かねばなりません。