ウイルスの遺伝子に変異を起こして、エラーを起こさせウイルスを自滅させる働きを持ちます。国立遺伝学研究所と新潟大のチームから、日本人をはじめとしたアジア・オセアニアに酵素活性が強い人が多いことが報告されました(注6)。アルコール分解酵素と同じように細胞内の酵素なので先天的に親から遺伝してくる生まれつきのものです。
コロナウイルスの遺伝子にエラーを起こして、コロナが遺伝子を修復できないようにしていたようなのです。ウイルスはほぼ最小限の遺伝子とカプセルでできているので、その遺伝子にエラーが生じて修復できないことはウイルスにとって致命的になります。
それでは、なぜアジア・オセアニアにAPOBECの活性が強い人々が多いのでしょう? そこがまさに面白いところです。
中国のジャコウネコ、中東のラクダ
コロナウイルスは、動物由来の感染症の側面を持ちます。「過去のコロナウイルスの教訓」という面白い論文があります(注7)。コロナウイルスは、豚やコウモリ、ラクダから人間に伝染してきた歴史を記した論文です。豚からの胃腸炎も報告されています。
感冒ウイルスを鑑別することができなかった時代にも、地域的コロナウイルスの大流行が過去にも世界的に繰り返されてきたはずです。
通常コロナウイルスが自然界で住処にしているのはコウモリです。呼吸器感染症のSARSがジャコウネコ(ハクビシン)を経由し中国発祥、MERSではラクダ経由の中東発祥であることが有名です。これらは、人類がウイルスの遺伝子を分析できるようになったのちのものです。アフリカのエボラ出血熱もフルーツコウモリが起源です。
森を切り開き家畜や食糧の元になる野生動物と共に暮らすようになった有史以来、数々の獣を経てコロナ感染症に人間はさらされてきたことでしょう。そして、ヒト―ヒト感染するコロナウイルスだった場合に時折パンデミックとなったのかもしれません。
このように中国周辺国や中東などの地域では、昔から動物由来のコロナウイルス感染にさらされてきたわけです。コロナウイルスのエラーを引き起こすAPOBEC酵素活性が強く病気に強い人が淘汰されてきたと考えると自然です。
逆にウイルスが淘汰される循環
そしてコロナウイルス側も、いたずらに細胞を刺激してサイトカインによるAPOBEC誘導が起きないように弱毒変化していったのかもしれません。季節性コロナウイルスは、動物由来感染症を離れて目立たないようにヒト―ヒト感染することで生き延びるようになったコロナウイルスだと考えています。
私は、このような地政学的な理由から、季節性コロナウイルスによる免疫やAPOBEC活性によって日本の流行被害は小さくなったのではと考えています。
ウイルスの毒性が強くなってヒトの細胞が刺激されAPOBEC活性が強まるとウイルス遺伝子にエラーが起きて不利になります。ウイルス側としてはヒトの細胞をあまり刺激しない無毒化したものが生き延びて淘汰されていくことでしょう。
新型コロナウイルスが流行してエラーを起こして廃れて、変異型がやってきてまた流行する。でも、そのたびに毒性が減っていった周期的な流行の繰り返しもそれで説明ができるかもしれません。5波では、はっきりした「陽性者数と被害のリンク切れ」が観察されました。もちろん、それまでの流行波による獲得免疫も追加され被害を減らしたことでしょう。
これからも新型コロナウイルス(SARS-COV2)がヒト―ヒト感染で生き延びるとするなら、無毒の5番目の季節性コロナウイルスにならざるをないと私が考える理由です。2019年末にコラムでお伝えしたとおりです(注9)。