なぜこれほどまでに野党に厳しい論調が多いのか
どちらも議席を減らしているのに立民を中心とした野党に厳しい論調が多いのは、予想を外したマスコミの「やつあたり」という側面もありそうだ。コメンテーターの中には「自分たちの予測したように立民は大幅に議席増とするチャンスはあったのに、共産との共闘で世論から嫌われて負けた」というような発言もある。しかし冷静に考えると、このような発言は大いなる矛盾があることがわかる。
マスコミが「自民、単独過半数は微妙。立民躍進」と予測していたのは31日午後8時の段階だ。その段階で既に、選挙結果が決まっていたわけだ。だから、マスコミの予測が外れたのは、立民のせいではない。単にマスコミが読み違えただけだ。その矛先をかわすために立民のせいにしていると言わざるをえない。
9月末には「自民党300議席」予測もあったのだが…
今回の衆院選に至る経緯を振り返っておきたい。8月には新型コロナウイルスの第5波が猛威を振るい、政府・与党に対する批判は相当厳しいものがあった。当時の菅義偉首相の支持も急降下。内閣支持率は調査をする度に下がっていた。
その頃は自民の衆院議員の間で「菅氏のままでは勝てない。自公でも過半数維持できるかどうか……」という空気が高まり、菅氏は党総裁選を前に不出馬表明した。岸田氏の他、河野太郎、高市早苗、野田聖子の4氏の争いになった総裁選は、大いに盛り上がりテレビを中心としたメディアも大きく報じた。
この結果、自民の支持は急回復。29日に岸田氏が新総裁に選ばれたころは「自民は300議席近くに圧勝するのではないか」との観測に変わっていた。そこから始まった衆院選なのだ。
2012年、14年、17年の3回の衆院選で自民は、安倍晋三総裁のもと圧勝を続けた。12、14年では290議席を超え、17年には若干減らしたものの284議席を確保した。一方で野党第1党は民主党から17年には立民となったが、50台から70台で推移している。そこから今回の衆院選の結果をひもといてみよう。