この10年で社会全体が病んでしまった

——フラットに病んでいる?

私が撮影をはじめた2000年代はとくに生死の綱渡りをしているような女性と数多く会いました。向精神薬の過剰摂取で病院に運ばれたり、リストカットのあとで腕が傷だらけだったりした。

寝室で頭を抱える男性
写真=iStock.com/Wacharaphong
※写真はイメージです

ただ10年ほど前からそうした激しい自傷行為を繰り返すタイプが減った代わりに、病的かどうかの境があいまいになった人が増えた。一見すると、社交的で仕事もできて、趣味もあり、友だちもたくさんいるのに、うつ病や発達障害の診断を受け、薬を飲みながら働いている。ある女性は、薬を飲んではじめて「いい人だね」と職場の人たちから受け入れられた気がしたそうです。

彼女たちは、自分が社会に適応できていないと自覚している。だからといって、職場が求める人格になるために薬を飲むって正しいことなのかと違和感を覚えました。彼女たちを見ていると、社会の仕組みに合わせられずに不適応を起こしているけれど、おかしいのは社会システムの方だという気もしてくる。

私の周りにも発達障害の診断を受ける知人はたくさんいます。「こんなに多いのならマジョリティじゃん」と思うほど、この10年で異端を許さない風潮が加速してしまったのかな、と。

関係性は壊れているのに、家族という形に執着していた

——何があれば「東海道新幹線無差別殺傷事件」を防げたと思いますか。

インベカヲリ★『家族不適応殺』(KADOKAWA)
インベカヲリ★『家族不適応殺』(KADOKAWA)

ひとつの解決策は出せないと考えています。家庭は機能不全を起こしていましたけど、人間って誰しもロクでもない側面を持っているじゃないですか。小島の家族を見ても、特別な人とは思えない。小島の発達障害に端を発する家族間のコミュニケーション不全もあったでしょう。とはいえそれは珍しいことではありません。

ただ事件の周辺を歩いてみると、犯罪抑止のヒントは散らばっていました。

たとえば、小島自身は成人しているわけだから、家を出て好きに生きればいいのに家族に引き留められる。私の目には、家族関係を維持させようとしているように見えました。

——確かに、小島の家族について知ると「家庭崩壊」ともまた違う気がします。

ただ家族としての関係性は壊れている。にもかかわらず家族という形は保っているんですよ。核家族で育った私には、小島のような地方の濃厚な家族関係は実感できないのですが……。家族がいるのに愛情を実感できない。だからこそ刑務所に家庭を求めたのかなという気はします。

小島一朗は、理解しがたい犯罪者ではあります。でも、どんな家庭にも歪みはあります。小島の場合は、そのズレや歪みが一点集中して一人にのしかかっていた。そこをひとつひとつ見ていくことが、事件の背景を理解するヒントだった気がしますね。

(聞き手・構成=山川徹)
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