社会全体の価値観が偏った思考の根底にある

一方で、この「認知の歪み」は日本の社会状況のもとで学習したものです。偏った思考の根底には、女性蔑視や男尊女卑の価値観があり、この価値観自体をアップデートしない限り保存されたままで、女性をモノとして見る認知は変わらないでしょう。

このように、加害者と社会は互いに補い合う関係にあります。当事者が語る認知の歪みには一定のパターンがあり、不思議なことにどれも似通っています。根底には、前述した女性をモノ化する価値観や、「NO MEANS YES(嫌よ嫌よも好きのうち)」といった価値観が存在します。加害者は、その行為を正当化するために「暗黙理論」というものを持っています。これは、社会にある情報から自分に都合のいいものだけを取捨選択し、その考えをさらに強化していくことです。

性犯罪加害者は自分で作り上げた物語の中を生きている

例えば、インターネットである商品をネット通販で購入すると、AIがユーザーに興味・関心のありそうな広告を自動的に画面上に表示します。SNSにしても、友人やフォロワーには必然的にそのユーザーの意見に賛同する人、拍手をする人が集まりやすくなります。

実は、性犯罪加害者もそうやって作り上げた物語の中を生きています。痴漢は、「電車内には、痴漢をOKしてくれる“痴漢OK子ちゃん”がいる」といった類いの情報ばかりに無意識にアクセスしているのです。同様に、盗撮加害者は「盗撮されたい女性もいる」というフィクションに執着します。ネット上で目にするこうした男性たちのコメントは、「性被害に遭うことを望んでいる被害者がいる」と本気で信じ込んでいるようです。

これが「暗黙理論」ですが、彼らは自分の中にそれがあることに気づいていません。男尊女卑的な発言をした人が批判されたとき、「これは女性差別ではない」と苦しい弁解をするのと同じように、性犯罪加害者にとっては、自分の物語が「認知の歪み」に根差したものとはまったく気づいていないのです。

加害者臨床の役割は、さまざまな技法を駆使してこの「暗黙理論」に気づかせることにあります。そして、なぜそのような偏った思考を持つに至ったのかを本人に語らせることが、「認知の歪み」を変えていく最初のステップなのです。