「何を食べるか」まで決めてしまう母親の存在

知恵さんが中学生の頃、みんなで中華料理を食べに行ったことがありました。

私が知恵さんにメニューを渡して「何が食べたいの」と聞くと、彼女は「ラーメン」と答えました。そこでラーメンを注文しようとすると、母親が遮って、「ラーメンなんていつでも食べられるでしょう。せっかく中華料理を食べにきたのだから、酢豚とエビチリと春巻きにしようね」と、先回りして注文してしまいました。

あとで知恵さんに「ホントは、ラーメンが食べたかったんじゃない?」と聞くと、「いいんです。確かにお母さんが言うように、せっかく中華料理を食べにきてラーメンはないですから」と、ニコッと笑いました。

知恵さんは、母親にとっては自慢の娘。けっして逆らわず、素直に親の言うことを聞く子で、我が家の子供が反抗期で大変だった頃にも、同じ年頃の知恵さんは親に反抗することなどなく、うらやましく思ったものでした。母親との関係も良好で、母親が探してきた塾に通い、母親が進める学校に進学し、勤め先も母親と一緒に決めました。

あまりにも良い子なので心配になり、「お母さんの言うことばかり聞いていて、大丈夫?」と聞くと、彼女は「私のことを一番に考えてくれるし、母の選択はだいたい正しいので大丈夫です」と答えました。本当に彼女は優等生だなと感心しました。

「子供が選んで、責任を持つ」その繰り返しが自立心を育てる

そんなある日、彼女にこんな個人的な相談をされました。

「おばさん、私、家を出ようと思うんだけど、一人暮らしって大変でしょうか」
「大変だけど、絶対に一度は一人で暮らした方がいい。おばさんも若い頃一人暮らしをして、最初は自分でやらなければいけないことが多くて大変だったけど、慣れれば不便さよりも自分の思い通りにできる充実感の方が大きいよ」

けれど、いまだに知恵さんはそのことを母親には話せていないようです。

なぜかと聞くと、「母は私といるのが幸せみたいなので、母を悲しませたくないから」という答えが返ってきました。

「お母さんのせいにしているけど、自分が親元を離れるのが怖いからじゃないの」と意地悪な質問をすると、ちょっと考えて、「そうかも」と小さくうなずきました。

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心配なのは、最近知恵さんが笑顔をあまり見せなくなっていること。会社では、言われたことはちゃんとやるけれど、自分からは提案しない指示待ち人間。30歳になるまで自分の人生を選んでこなかった知恵さんには、母親から独立して新たに人生を選ぶということは、とても難しいことになってしまっているのではないかと思います。

人生は「選択」の連続です。大人になったら、「選択」して自分が選んだものに責任を持たなくてはなりません。自分の「選択」に責任が持てなかったら、それは無責任ということになるからです。

子供の人生を親が選ぶことはできません。子供が選んで、責任を持つ。その繰り返しが、子供の自立心を育てる訓練になります。知恵さんの場合、その第一歩が親から離れることではないかと思えて仕方ありません。

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