企業の景況感と、個人のそれは別物

三菱UFJ証券チーフエコノミスト 水野和夫●1953年生まれ。80年、八千代証券(現三菱UFJ証券)入社。2005年より現職。著書に『金融大崩壊』ほか。

景気はいつ回復するのか、という質問を取材でよく受ける。景気についての議論は、以前なら生活水準の向上と直結したが、ここ10年ほどでそうではなくなった。

「成長とインフレがすべてを解決する」という考え方から脱却して初めて日本の「失われた10年」は終わる。だから、この質問が出る限り景気はよくならないと思う。

公共投資や減税で景気が好転しても、雇用難や所得減といった問題を解決できなかったのは1990年以降の日本を見れば明らかだ。92年の宮沢内閣以来、「過去最大」と銘打った景気対策は何度か行われた。しかし、今も会社員の給料は下がり続け、若年層は就職難と高い失業率、低年収に苦しんでいる。

なぜ効果がないのか。端的にいうと、景気悪化→(景気対策による)財政支出と金融の量的緩和→マネーが市場に大量に流出→住宅価格および資源・食糧など原材料価格の高騰が起こり、実物経済がそれに振り回されているからだ。

例えば、原油価格は2002年頃から上昇に転じた。実需で決まる価格を大きく上回って、08年7月には1バレル=147ドルまで上昇(WTI)。日本の企業はこの影響をまともに受け、売上高の増加額以上に原材料費が増えた。

となると、各企業は原材料費という変動費の増加分を、人件費などの固定費や利益を削って賄うしかない。02年2月から07年10月までいざなみ景気とまでいわれながら、所得・雇用環境は一向に改善しなかった。

企業の景況感と個人のそれとは別物であり、景気対策はGDPを増やすことはできても、資源価格の高騰などを考慮に入れたGDI(国内総所得)は減少する。アジアなど新興国中心の景気回復は資源高を伴うのだから、GDPの増加をもってして景気が回復しているという認識が誤っている。