実際、異次元緩和開始後の資金供給はすさまじかった。21年3月までの8年間で、マネタリーベースの増加率は+350%を超えた。しかし、消費者物価指数(全国、生鮮食品を除く総合)の上昇率はわずか+5%(年平均+0.6%程度)にとどまった。現実の量と物価の関係はきわめて希薄だった。当初のもくろみは完全に外れた。
こうした経緯を踏まえ、日銀は16年1月に「マイナス金利政策」の導入に踏み切り、さらに同年9月「イールドカーブ・コントロール」を導入した。金利であれば、実体経済に及ぼす効果をある程度定量的に推し測ることができる。調節上のターゲットは、量から金利に完全に切り替えられた。
しかし、日銀は表面上「量」の旗も降ろさない。現時点でも「イールドカーブ・コントロール付き質的量的金融緩和」を標ぼうする。「オーバーシュート型コミットメント」と称して、「物価が安定的に2%を超えるまでは、マネタリーベースの拡大方針を継続する」とも述べる。
本来、金利(市場金利)と量(マネタリーベース)を、同時にターゲットとすることはできない。金利水準の実現には、資金量を市場の需給に応じて伸縮させる必要があるからだ。実際、イールドカーブ・コントロールの導入により日銀が金利誘導を優先するようになってからは、マネタリーベースの増加額は大きく振幅するようになった。
それでも日銀は、金利と同時に量も追求しているかのように装う。異次元緩和を全面否定しないためのレトリック(巧みな言辞)とみなすのが自然だろう。
読み誤りを認めない日銀の態度が“出口”を遠ざける
こうしてみると、金融緩和の出口がはるかに遠い理由が分かってくる。第一に、日銀の頑なな態度がある。
みずから掲げた目標を何年も達成しないにもかかわらず、2%目標は見直さない。異次元緩和のフレームワークを根幹から変質させたにもかかわらず、一貫した政策をとり続けているかのように振る舞う。そのためにレトリックを多用する。
なぜ、こうなったのか。以下推測とならざるをえないが、一つには合議制の難しさがあるだろう。日銀の金融政策は、9人の政策委員の多数決で決する。実際、政策委員の間には、意見に大きなばらつきがあるようにみえる。もちろん、民主的な組織である以上、異なる意見の存在は健全である。
問題は、多数の賛同が得られるよう、複数の異なるロジックを一つの政策に押し込んできたようにみえることだ。金利と量を同時にターゲットに掲げるのが、その典型だ。しかし、レトリックで表面上の辻褄を合わせても、異なるロジックを押し込んでしまっては、政策の首尾一貫性が失われる。