巨大財閥が大麻産業に圧力をかけたワケ

3つ目は、当時大麻産業と競合関係にあった石油産業や化学繊維産業が、前述のふたつの理由から大麻を禁止しようと考えていた米国政府の一部(連邦麻薬局など)と協力して、大麻を排除しようとしたのではないかということだ。

環境学的な見地と医学的な視点から、大麻草の歴史を紐解いたジャック・ヘラー氏の著書『大麻草と文明』(原題:The Emperor Wears No Clothes)によれば、1920年代、石油王だったスタンダードオイル社のロックフェラー家やロイヤル・ダッチ・シェル社のロスチャイルド家は、安価で環境にやさしいメタノール燃料を生み出す大麻草に対し危機感を覚えた。

そしてこれらの企業は、大麻を禁止しようと躍起になっていた連邦麻薬局(FBN=Federal Bureau of Narcotics、連邦麻薬取締局=DEAの前身)のハリー・アンスリンガー長官や、煽情的な報道を売り物としていた「イエロージャーナリズム」で知られるウィリアム・ランドルフ・ハーストの新聞などと協力して、大麻を排除しようとしたのではないかというのだ。

良質の燃料と繊維が取れるだけでなく、医薬品としても優れた効能を備えている大麻はエネルギーとしての石油と、石油から作る医薬品の強力なライバルとなるので、石油産業が大麻を恐れたのは当然とも言える。

石油から薬が作られるというのは驚きだが、実は医薬品は石油化学に依存している。たとえば、安全で効果的な薬とされるアスピリンや抗生物質のペニシリンなどは、石油から作られた原料を人工的に合成して作られているのである。

大麻の天然繊維を使った車を開発したフォードだったが…

石油産業に加え、当時、「ナイロン」などの合成繊維の開発に着手し、化学繊維業界の最大手を目指していたデュポン社にとっても、良質の天然繊維が取れる大麻は脅威だった。

デュポン社は石油産業と同じように大麻産業を排除するためのメディアキャンペーンを後押しした。さらにデュポン社は大麻(ヘンプ)素材を使った自動車の開発に着手していたフォード・モーター(以下、フォード)に対抗するべく、ライバル企業のゼネラルモーターズ(以下、GM)の経営権を握るための出資を行った。

フォード
写真=iStock.com/fredrocko
※写真はイメージです

1914年のことだが、当時、フォードは低価格の量産大衆車「Tモデル(通称、T型フォード)」を開発・販売し、自動車市場で圧倒的なシェアを誇っていた。そこでデュポン社の社長を務めていたピエール・デュポンは1920年にGMの社長に就任し、消費者の新たな嗜好に合わせた新製品の開発に力を入れ、経営の立て直しを図った。

GMの戦略は成功した。その結果、フォードは市場シェアをかなり奪われたが、大麻素材を使った車の開発は継続した。

それが実を結び、フォードは1941年に大麻の天然繊維などを混合して作った車体の試作車を完成させた……のだが、その時すでに前述のマリファナ課税法が制定され、大麻の使用が事実上禁止されていたため、それを実用化して販売することはできなかった。