気づきの積み重ねが大きなうねりになる

利益優先から社会性の高い仕事へ、家族を犠牲にした働き方からワークライフバランスを重視した働き方へ――。その機運は以前からあったが、震災後、加速度的に進んでいるように感じる。

こうした変化は、人々が自分の存在意義について再確認した結果の表れではないかと一橋大学大学院商学研究科教授の守島基博氏は指摘する。

「仕事での社会貢献願望が高まっているといいますが、それは自分のやっている仕事の社会的意義を確認したいという感覚に近いものだと思います。本来仕事は社会との繋がりによって成り立つものですが、仕切られたオフィス空間からは、それが見えづらかった。ところが震災で仕切りが一気に取れて、外の世界があらわになったように感じたのでしょう。その結果、自分の仕事をより客観的に見つめられるようになり、仕事の社会的意義を考えるようになったのだと思います」

幕が閉じたステージに長いこと立っていたが、突如幕が上がり、幕の向こう側にたくさんのオーディエンスがいたことに気づいた感じに近いと守島氏は言う。

もう一つ、今回の調査で顕著だったのは、ワークライフバランスの急速な進化だろう。

「ワークライフバランスについては、以前から取り組みはありましたが、踏み込む勇気が持てず旧態依然とした仕事生活にしがみついていた。ところが今回の震災で人生におけるプライオリティががらりと変わり、しがみつくことの滑稽さを皆が感じたのではないでしょうか」

震災後の節電対策等は、日本人の労働時間にも大きなインパクトを与えた。

「企業側も在宅勤務をさせたら怠けるのではないかと思っていたが、そんなことはなかった。仕事一筋だった人も、タイムマネジメントを工夫し、早く帰宅して子どもを迎えにいくという生活をしたら意外に楽しかったとか……。いきなりやってきた“本番”でしたが、“やればできるんだ”と企業側も働く側も感じたはずです」

そもそも人間が集約されて働くスタイルは工場をモデルとして広まったもの。知的仕事は四六時中、皆が同じ場所にいなくてもかまわない。産業革命から続く工場モデルからのパラダイムシフトが起こりつつあると守島氏は言う。

震災は仕事、人生、家族など、自分の立ち位置を見直すきっかけとなり、価値観に変化を与え、緩やかに進行していた事柄を加速度的に進化させた。こうした地震が与えた意識レベルの変化を未来にどう繋げていけばいいのか?

「たかだか個人の仕事観、人生観の変化と軽んじてはいけません。小さい気づきの積み重ねが、大きなうねりとなる。人が変わることで企業は変わります。仕事以外の日常にささやかな幸せを感じ、家族も含めた人生本来の楽しみを優先したいと考えるようになった。こうした動きが仕事の質を変え、より多様な働き方が広がっていくと期待したい。いまがまさにスタート地点だと思っています」

(文中の登場人物はすべて仮名)

※すべて雑誌掲載当時

(増田安寿=撮影)