61歳、できるのは4業種
なぜレジ打ちだったのか。
「やりたい仕事は観光業。けれどもどの統計を見ても、観光業が2019年のレベルに戻るのは2024年。3年くらいは戻らない。それなら、世の中に、ほかにどんな仕事があるのか見なくては、と。61歳という年齢の壁もある。ITが強いわけでもない。アルバイトサイトを見て分かったのが、今の年齢でできる仕事は警備、介護、保育、小売りの4つ。このうち私ができるのは小売りだと」
至って論理的。しかし、華々しいキャリアを持ちながら、抵抗はなかったのか。
「そう思う時点で経験はもう“荷物”。全く抵抗ない。この4つをやるか、何もやらないか。ないものねだりしても意味ないのね、時間の無駄」。一刀両断だ。
初めてのレジ打ちは覚えることが多くて大変だった。それでも3週間後には一通りできるようになった。「こんな難しいプロセスをまだ覚えられる」と、新たな自信にもつながった。
月60時間働けば大丈夫
この経験は「老後2000万円問題」への気づきにもつながった。
この問題は、金融庁が報告書で示した、「老後30年間には約2000万円の生活資金が不足する」との試算のこと。薄井さんの計算では、住居費を除くと自身のゆとりある生活に必要な経費は月15万円。年金は月8万円程。パートは時給1200円なので、月60時間弱働けば貯金を取り崩さないで生活できる。
とにかく元気でレジ打ちができれば大丈夫。老後への不安も消えていった。
こだわった「肩書」と「採用権限」
今年2月にコカ・コーラ社の仕事を失った。スーパーでの仕事を続けるなか、今度は外資系企業から、日本に新規オープンするホテルの経営を任せたいとの打診を受ける。
迷った末、薄井さんは「肩書は日本法人社長。スタッフの採用は薄井さんに一任する」という2つの条件で引き受けることを決めた。
採用にこだわったのは、雇用の多様性を確保したかったからだ。専業主婦の女性などの再就職への道を、自らの手で切り開きたかった。
今回は肩書にもこだわった。ホテル自体はブランドとして知られていない。けれど「薄井シンシア」というブランドはある程度知られている。「給食のおばちゃんから14年で日本法人社長」となれば、メディアにも注目されるだろう。ビジネスが発展すれば、雇える枠も増えていくはずだ。
「私はこれまで、たくさんのチャンスをいただいてきた。運が良かった。でもね、運がいいだけじゃ不公平で、それは嫌。本気で頑張る人にチャンスをつくりたい」。採用で重視するのは学べる能力と仕事への意欲。経歴は関係ない。面接も応募者全員に実施する。