日本の怪談が語り継がれてきた原風景

――怪談には、戦争や事故で亡くなった人の記憶や、遺族の気持ちをつないでいく役割もあるんですね。

稲川さん
撮影=横溝浩孝

それはとても大きいですよね。

ただね、怪談として語るのなら、丁寧に調べる必要がある。時間が経って、戦争のことを知らず、勉強もせずに、怖がらせてやろう、驚かせてやろう、という気持ちだけで、事実関係を調べもせずに、戦争や実際に起きた事件にまつわる怪談を語る人もいます。

そんな怪談を聞くたび、日本の怪談が語り継がれてきた原風景を思い出してほしいなぁ、と思うんです。昔の冬は、いまと違って、2メートルも3メートルも雪が降ったでしょう。そんな雪国で、お父さんとお母さんは出稼ぎや仕事に行って、家にはおじいちゃんとおばあちゃんと子どもしかいない。

昔だから、家にはテレビも暖房もない。みんなが囲炉裏端に集まって、子どもたちが「じいちゃん、怖い話して」ってねだる。同じ話を何回も聞いているんだけど、子どもたちは聞くたびに「おっかねえ、おっかねえ」って、飛び回る……。それも人と人とのつながりであり、豊かな時間なんですよね。子どもたちが、大人になって故郷を離れたときに、そんな体験が、ふるさとや家族の記憶になっていったわけです。

あの世に対して穏やかな思いが芽生えた

――怪談を聞きたいと思う根っこには、死に対する怖さ、関心があると思うのですが、怪談に親しむなかで、あるいは74歳まで年齢を重ねてみて、死生観の変化はありますか?

稲川淳二『稲川怪談 昭和・平成傑作選』(講談社)
稲川淳二『稲川怪談 昭和・平成傑作選』(講談社)

怪談の怖さが分からなくなっちゃったね。それはきっと私が半分くらい向こうの世界に行ってしまっているから(苦笑)。

むしろ、向こうの世界に対して、穏やかな思いというのが芽生えたかなぁ。

もちろん子どもの頃なんか、自分が死ぬなんて思ってなかったんだけど、おばあちゃんが亡くなって、両親も逝って……。みんな同じかもしれないけど、子どもって、おばあちゃんがずっと生きていて、両親もずっと元気で……って思っているじゃない。

でも、いろんな死を経験して、自分も年をとって、ずっと怪談を話してきて、こっち側とあっちの世界の境界が曖昧に感じるようになったと言えばいいかなぁ。そういう意味では、いまも私は、おばあちゃんや両親とつながっているんですよね。

ほら、こう話していくと怪談って、決して怖いだけじゃないでしょう?

『稲川怪談 昭和・平成傑作選』を持つ稲川さん
撮影=横溝浩孝
(聞き手・構成=山川徹)
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