わかりやすいように、7月23日の開会式の実際に陛下が口にした宣言をもう一度、確認してみよう。天皇陛下は、「祝う」を「記念する」に変えて、次のように述べた。

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します。」

やはり、「この記念する」、が修飾するのは、「東京大会」だ。

AERAdot.編集部は、「五輪憲章2020年版・英和対訳」に掲載された宣言文における、誤訳の可能性について、JOCに問い合わせた。すると広報からは、メールでこんな返事が返ってきた。

<お問合せいただきましたオリンピック憲章の件につきまして下記のとおりご回答いたします。

第18回オリンピック競技大会(1964/東京)公式報告書によりますと開会宣言として

「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します。」

とあります。従って、我々は、オリンピック憲章においてもこの和訳を使用しております。

以上、何卒宜しくお願い致します。

日本オリンピック委員会広報部>

多賀教授は、英語学習についての著書を何冊も執筆している。そして、日本オリンピック委員会(JOC)の回答についてこう話す。

「JOCのスタッフに、英語に専門的に習熟した人が居ないのでしょう。この和訳は、高校レベルの英文法ですし、英検2級の合格者でも理解できる人はいると思います。何より、ここで問題にしているのは、celebratingという、現在分詞の主語は何かという点です。昭和天皇が宣言していたから問題ありません――というロジックで切り抜けようという思惑であれば、あまりにお粗末です。こうして丹念に英仏日の宣言文を比較、検証してみると、64年の東京五輪では、昭和天皇に誤った翻訳の宣言文を読み上げさせてしまった、ということになります」

多賀教授は、平成5年から8年まで当時、天皇だった上皇さまの侍従として仕えていた。当時、天皇であった上皇さまの記者会見を、御用掛を務めていたアイルランド人の学者と一緒に、英語に翻訳するのも仕事だった。

多賀教授は、上皇ご夫妻はもちろん、いまの天皇陛下も言語に対する感性が鋭敏だと話す。