東京五輪の陸上で関係者も驚くパフォーマンスを見せる女子1500mの田中希実。他国の強豪ひしめくこの種目に日本人として初めて出場したにもかかわらず、予選・準決を突破。スポーツライターの酒井政人さんも「2つのレースで自己が持つ日本記録を約5秒も短縮しました。類を見ないちょっと異常な成長曲線といっていい」と目を丸くする。身長153cmの小さなワンダーガールが大舞台で結果を出せる背景には何があるのか――。
陸上女子1500メートル予選で力走する田中希実(手前)=2021年8月2日、東京・国立競技場
写真=時事通信フォト
陸上女子1500メートル予選で力走する田中希実(手前)=2021年8月2日、東京・国立競技場

東京五輪のワンダーガール「田中希実」が大舞台で日本新を連発の理由

大きな舞台になると萎縮して力を発揮できない選手がいる一方で、とんでもないパワーを自ら引き出す選手がいる。東京五輪の陸上競技では、女子1500m、5000mの田中希実の“大活躍”に目を奪われた方も多いだろう。

JOCの日本代表選手団名簿によると田中の身長は153cm、体重は41kg。日本人のなかでも小柄な部類に入る。そんな選手が170cm前後の長身が多い1500mで果敢に攻め込み、下記に記すように力強く予選、準決勝……とラウンドを勝ち上がっていく。

しかも今回、田中は卜部蘭とともに日本の五輪史上初めて女子1500mに出場した選手なのだ。オリンピックは日本で1番になっても出場できるわけではない。参加標準記録を突破するか、世界ランキングで上位につけるのが参加条件だ。これまで日本人が出場できなかったのはシンプルに言って世界とのレベル差があったからだ。

そんな状況で田中は東京五輪という大舞台で“非常識”なパフォーマンスを発揮している。

8月2日の女子1500m予選3組。自己ベストが15人中9番目の田中が先頭に立ち、前半を引っ張った。最後は4着でゴールに飛び込み、準決勝進出を決めた。今年7月に樹立した日本記録(4分04秒08)を1.75秒更新する4分02秒33の日本新記録も打ち立てた。

「日本記録を出せば準決勝に行けると思っていたので、自分の目標通りの結果になって良かったです。準決勝はどんな結果になってもいいので、とにかく今の自分の力を出し切って、もう一度自己ベストを出すくらいの勢いで走りたいです」

予選と準決勝の2レースで自身の日本記録を約5秒も短縮

予選で快走した田中は8月4日の女子1500m準決勝(1組)でも“有言実行”の激走を見せる。自己ベストが13人中8番目の田中はスタートからインコースを突き、ホームストレートで2番手につける。400mを通過した後はトップを奪い、今度も自らレースを作った。

800m以降は首位から引きずり降ろされたが、3分59秒19の5着でフィニッシュ。決勝進出を決めただけでなく、予選でマークした日本記録を3.14秒も更新して(予選と準決勝の2レースで日本記録を約5秒短縮)、日本人初の3分台に突入した。

「4分を切らないと決勝進出は難しいと思っていましたが、4分を切れるかどうかは別として、今の全力をぶつけました。その結果、理想通りのタイムで決勝に進むことができてすごくうれしいです」

1周目は今まで体験したことがないペースだったというが、一切気持ちの面で引くことはなかった。田中はファイナルを見つめて、「着順(5着以内)での通過」を狙っていた。そして「決勝進出」と「3分台」という日本陸上界が予想していなかった2つの快挙を成し遂げた。

田中は7月30日の女子5000m予選(2組)にも出場している。0.38秒差で決勝進出を逃したが、自己ベストの14分59秒93(日本歴代4位)で走破。キャリア初の14分台をマークしている。

田中は2019年ドーハ世界選手権で初めてシニアの世界大会に参戦した。5000mの予選で15分04秒66の自己ベストをマークすると、同決勝では15分00秒01とさらにタイムを短縮している。

ドーハから数えると、世界大会では5つのレースに出場。そのすべてで自己ベストを塗り替えて、日本記録を2度も更新した。こんな選手はかつて見たことがない。現在21歳の田中は日本の“ワンダーガール”と言っていいだろう。