異色のキャリアと類を見ない成長曲線
田中は日本の中長距離界ではユニークなキャリアを歩んでいる。中学時代は3年時の全中1500mで優勝。兵庫・西脇工高では3年時のインターハイで1500mと3000mで日本人トップ(ともに2位)を奪った。
高校卒業後は同志社大に入学。世界を目指すために大学の陸上部には所属せず、クラブチーム(ND28AC)で競技を続けた。高卒1年目の2018年はU20世界選手権の3000mで金メダルを獲得している。
2019年からは豊田自動織機TCに所属を変更。豊田自動織機には女子陸上部(昨年の全日本実業団女子駅伝で3位に入っている)があるが、田中は駅伝には参加していない。コーチングは実業団経験のある父・健智さん(母・千洋さんも北海道マラソンで2度優勝した実績を持つ)が行うようになり、さらに躍進した。
田中のように中学・高校で「エリート」と呼べるような選手は、高校卒業後に“失速”するパターンが少なくない。現役高校生を除く1500mの高校歴代記録10傑に入っている選手を見ても、10人中8人が高校時代のベスト記録を超えていないのだ。
一方、1500mで高校歴代2位(4分15秒43)のタイムを持つ田中の成長曲線は“異常”といえる。1年前の8月23日、国立競技場で開催されたレースで4分05秒27をマーク。日本記録(4分07秒86)を14年ぶりに塗り替えた。
1500mでは高校卒業後、2年半で自己ベストを10秒以上も短縮。さらに今季は東京五輪の準決勝までに3分59秒19までタイムを伸ばして、五輪期間中だけでトータル4.89秒も短縮している。社会人になっても、伸び盛りの中高生のようなタイム短縮率を誇っているのだ。
高卒後に失速する女性選手が多い中、成長続ける背景に「父の存在」
なぜ田中は高校卒業後も順調に成長を重ねて、世界大会の舞台で自己ベストを連発できるのか。それはコーチである父・健智さんとのトレーニングにあるような気がしている。他の実業団選手なら嫌がるような強烈なメニューを、「絶対に強くなるんだ」という熱い気持ちで乗り越えようとしているからだ。
田中はポイント練習を単独で行うことが多く、国内の1500mレースでも自らレースを作って走ることが多い。1年前の日本記録(当時)である4分05秒27は終始自分で引っ張って出した記録だ。
中長距離種目は風の抵抗を受けるので先頭を走ると体力が削られていく。そのため、記録を狙うレースでは「ペースメーカー」が途中まで牽引することが多い。普段の練習でもチームメートがいれば、交代で引っ張ることが大半だ。なかには女子選手のペースメーカーを務めるために男性のランニングコーチを雇っているチームもある。
しかし、田中の場合はひとりで立ち向かってきた。だからこそ、自分よりも強い選手が集まる世界大会では、うまく引っ張られるかたちになれば、その分、体力を温存することができる。練習時や国内レースよりも数倍ラクに走ることができるのだ。