誰が見ても騙されるような話ではなかった
——昭和の社会ならともかく、現代でも通用する詐欺なんですか?
地面師たちは、日本を代表する大企業から55億円も騙し取ったわけですから、どんな手練手管を弄したのだろうと関心を持つ人も多いと思います。でも、手口はいたって、シンプル。
不動産業に知識がある人なら誰でも思いつくような話で、とくに新しいやり口や、特殊な方法が使われたわけではありません。むしろずさんな詐欺だった。事実、ほかの不動産会社や住宅メーカーは話に乗りませんでした。誰が見ても騙されるような話ではないのに、55億円も奪われてしまった。
なぜ、そうなったのか。事件後の調査で、積水ハウスが取引から撤退するチャンスは9回あったと結論づけられました。
地主が4度も内容証明を送ってきたのに本人確認せず
たとえば、地主を名乗る詐欺師が、住所の番地や、誕生日や干支を間違えた。中間会社がペーパーカンパニーに代わっていた。本物の地主が取引に気づき、内容証明を4度も送ってきた。測量のために「海喜館」に入った積水ハウスの社員が警察に通報され、任意同行を求められた……。
積水ハウス側は、詐欺師が狡猾だったと言い逃れしていますが、果たしてそうだったのか。調べていくと、日本企業に特徴的な組織の異常な体質が見えてきました。
トップの阿部氏が号令をかけ、旗を振ったら、突き進むしかない。問題が分かっているにもかかわらず、引き返せない……。本来、事件の当事者であるはずの阿部氏は、まともな説明も果たさず、部下に責任を押しつけて辞職もせずに、逃げ切ろうとしている。
経営者の劣化、“小物化”が行き着くところまで行き着いてしまったと思いました。それが、日本における現代の経営者を象徴する姿なのではないか、と。
——ごく一般的な感覚として、本物の地主が内容証明を送ってきたり、警察に通報されたりした時点で確認をとると思いますが……。
それ以前の問題なんです。ふつうは、取引をはじめる前提として、本人確認を行います。私たち記者の仕事でも同じ。目の前の人が本人なのかどうか、確認を終えてからでないとインタビューはしません。本人確認は、基本中の基本です。