会社を私物化した会長のワンマン経営

それに「海喜館」の近所には、昔から営業しているお好み焼き屋もあるし、デザイン会社もある。怪しいと感じたら偽地主の顔写真を持って聞けば、一発ですむ話です。

——それでも騙された、というのが不可解です。

そうなんです。そうした証言を集めていくと、積水ハウスは、相手が詐欺師と分かっていたのに、55億円を払ったことになる。

どうして途中で取引を中止しなかったのか。そのあたりの組織のメカニズムがよくわからない。積水ハウス側に、「詐欺師の内通者がいなければ、説明が付かない」と話す人もいましたが、その気持ちも分かります。

阿部氏は担当者が地主に接触する前に「海喜館」を視察し、通常とは異なる手続きで稟議を決算した。担当者にとって「アベ案件」は、ただの社長案件とは違う意味を持ちます。

それは、阿部氏が会社を自分の所有物のように扱ってきた経営者だからです。水増しした業績で出世し、人事権を振りかざしてきた。

——昭和のワンマン経営者のようですね。

かつてのワンマンは実力を持って君臨したものでしたが、阿部氏には過去の実績を見ても、実力者とは程遠かった。まさに小物が君臨する時代になったように思いました。

和田氏も自ら阿部氏を後継指名した誤りを痛感し彼を解任しようとしたが、阿部氏のクーデターで返り討ちにあった。その後も、阿部氏のやり方に疑問を持つ幹部が、次々に会社を追われることになりました。

株主の質問にも不誠実な対応を続ける

——積水ハウスでは、地面師事件に端を発する会長交代のクーデター以降、経営陣が社員を監視する仕組みが強められたそうですね。

積水ハウスの関係者に話を聞くと、2018年に会長が阿部俊則氏に代わってから現場の裁量権を著しく制限し、社内の管理体制が強まったそうです。

地面師事件のような不祥事が二度と起きないように……それが監視を強化した建前ですが、55億円を騙し取られた取引は阿部氏が社長時代に主導したもの。むしろ阿部氏は、責任をとって身を引く立場だった。

地面師事件の阿部氏の責任については、社外役員による「調査対策委員会」によって明確に指摘されており、社長や会長の人事について取締役会に意見を具申する「人事・報酬諮問委員会」でも阿部氏の退任が妥当と決議された。それなのに阿部氏は、和田氏を解任に追い込み、自ら会長に就いたわけです。

和田氏は20年間、積水ハウスに君臨した実力者であり阿部氏の立身出世の恩人だった。ところが、実力者を超える力のない阿部氏は、多数派工作によって恩人を切り捨てる方法でしか、トップに就くことができなかった。実力に見合わない野心の底浅さを感じずにはいられませんでした。

そんな阿部氏の力のなさは、その後の内部統制や株主総会で次々と明らかになった。

社員たちはみな、阿部氏が地面師事件の責任をとらなかったことを知っていましたが、そんな彼が「コンプライアンスを徹底しろ」、「インテグリティ(真摯さ)を持て」と社員に訓示をするたびに、反発を招きました。

また株主総会では、株主からの質問も原稿を読み上げて「貴重なご意見として承ります」と繰り返す。問題を指摘する株主たちは、「まったく会話にならない」「言葉が通じない」と呆れていました。東京五輪を行う一方で、緊急事態宣言で国民に自粛を要請する矛盾した政策に対し、適切な説明ができない今の政権と瓜二つです。

マイクを使用して説明する実業家
写真=iStock.com/takasuu
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こんなトップでは、私たちは誰を信じていいのか分からなくなってしまう。

実力が伴わず、言葉に力がない。それを自覚しようともせずに、地位にしがみつく。こうした経営者は、“小物”にしか見えませんでした。