〈わたし〉の中の「公」「私」「個」のバランスも変化する
「個」の存在とは、どのようなものでしょうか。現実の世界を生きる〈わたし〉は、3つの軸で成り立っています。「公」と「私」と「個」です(図表2)。
「公」は、国や社会、所属する組織などに関する立場や事柄のことです。ビジネスパーソンの場合、「公=仕事における〈わたし〉」と考えていいでしょう。「私」は「公」を離れた私生活における立場や事柄のことです。結婚をして家庭を持っていれば「私=家庭における〈わたし〉」が中心になるでしょう。
もう一つ加えなければならないのが、「個」の概念です。公人は「仕事をする〈わたし〉」、私人は主に「家庭のなかでの〈わたし〉」であるとすれば、個人は「自己としての〈わたし〉」といえるでしょう。
働き盛りの子育て世代は、「公」と「私」に時間とエネルギーをとられ、「個人としての時間がない」などといいます。この場合の個人としての時間の対象になるのは、趣味や自己学習などを指している場合が多いでしょう。
ただ、ここでいう「個」は、もう少し深い意味を持ちます。「自分は何者なのか」というアイデンティティー、「どうありたいか」「何のために生きるのか」という存在意義を表す「主体的な自己」を意味します。
テレワークが世界的に広まり、日本でも多くの企業が一定割合で継続させる動きを見せ、ある調査によれば、在宅勤務経験者の9割が継続を望んでいるといいます。働き方のニューノーマルとして、リモート勤務や在宅勤務が定着していったときに生じる変化は、たとえば、自宅で「公・私融合」の状態が生まれ、自由に使える時間が増えることです。
増加した自由時間を、仕事に使って自分の成果に結びつけるか、日本の企業でも解禁が相次ぐ副業を始めて収入やキャリアのアップを目指すか、家族とともに過ごす時間を増やすか、趣味や自己学習に振り向けるか、ボランティア活動などの社会活動に参加するか等々、ここでも、これまで以上に問われることになるのが「個」の存在です。
「ワーク」の意味を考えて「天職」をみつける
これまでテレワークは、もっぱら、ワークライフバランスとの関連で論じられてきました。ワークライフバランスとは、「仕事(ワーク)」と「生活(ライフ)」のバランスをとり、調和をはかるという意味です。
このワークライフバランスという考え方に、私は以前から疑問を持っていました。仕事と生活の調和をはかるという考え方の根底には、ワークとライフを分け、一方を優先すると、もう一方が犠牲になる、ワークとライフは対立しがちであるというとらえ方があります。しかし、ワークとライフとは対立するものではなく、ライフのなかにワークも入っていると、とらえるべきではないでしょうか。
ワークライフバランスのライフは一般的に「生活」を意味しますが、実際はもっと幅広い意味を持っています。英語の「life」の意味を辞書で調べると、「生活(暮らし、日常生活)」、「人生(生涯)」、「生命(命あるもの)」という意味が出てきます。
ワークも、辞書で調べると、「(ある目的を持って努力して行なう)仕事、労働、作業、努力、勉強、研究/(なすべき)仕事、任務、務め」といった意味が出てきます。要は、自ら動いて力を発揮する行為をいうのでしょう。
日々の生活でのワークが、生涯を通じての人生のワークにつながり、次世代に残すワークとなる。「生活」「人生」「生命」のいずれにもつながるワークを見つけることができれば、それを天職というのでしょう。
40代までは、「公」「私」「個」のうち「公」と「私」の占める割合が高かったかもしれません。ライフの中でも日々の「生活」に意識が向き、「仕事と生活の調和」への関心が高かったかもしれません。
しかし、50歳からは、「個」をこれまで以上に大切に育てていくことが大切です。「人生」や「生命」を意識して、自分は何のために生きるのか、次世代に何を受け渡すのかを意識する生き方、すなわちワークライフバランスではなく、ライフデザインが大切であり、ライフコンシャスな生き方が求められるのではないでしょうか。