後継者は、新しいことを始めようとしても、いつも母親の了承が必要であった。しかも、母親は、新しいことに対して極端に消極的だった。「そんなお父さんがしていないことをはじめてどうするの。うまくいくのかわからないことに投資すべきではない」と言われるばかりだった。これではいったい誰が社長なのかわかったものではない。

島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)
島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)

社長は、カネとヒトを自分の判断で動かすことができるからこそ、社長である。そのカネを自由に動かすことができないとなれば、社長とは言えない。後継者が母親の顔を立てつつ、通帳と印鑑を渡すように説得しても、「お父さんのときから私が管理していました。お父さんの会社を守らないといけない」ということで、一向に渡すことがなかった。

結果として、社員も「カネを掌握している人=偉い人」ということで、会長の顔色ばかりうかがうようになってしまった。先代の妻としても、悪くない気分でさらに問題を複雑なものにしてしまった。

先代の妻としては、「夫の会社をなんとか守らなければならない」という意識が強すぎた。これまで経営に実質的に関与したことがないため、会社の資産を守ることを家計の延長線上で捉えていた。つまり、出費を抑えることこそが、彼女にとっては会社を守ることであったわけだ。ここに大きな間違いがある。

代替わりこそ、経理担当者変更のチャンス

事業は、家計の延長線上にあるわけではない。事業は、投資をしてこそ、発展させることができる。もちろん、すべての投資が成功するわけではない。むしろ、成功する投資のほうが少ない。それでも投資をし続けるからこそ、成功の機会を手にすることができる。変化の激しい現在においては、既存の資産価値を維持するだけでは、企業は自ずと衰退していく。気がつけば、取り返しのつかない状況になっていることもある。

先の事例では、先代の妻を説得して、なんとか印鑑を渡してもらえたからよかった。それができなかったら、今でも後継者は何かするたびに、母親の顔色をうかがわざるを得なかったであろう。

社長は、自分の配偶者を会社の経理担当者にしていたら、代替わりを契機に、別の者に変更するべきだ。このとき、頭ごなしに変更を指示すると、配偶者としても自分を否定されたようで腹が立つ。「自分もそろそろ引退を考えている。これを機会に経理担当者も変更していこう」と話を広げていくことが穏当である。

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