5月26日(水曜)の夜は全国的に皆既月食が見られる。今回はスーパームーンにも重なり、月が地球の影の中に入り赤銅色に染まる。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「かつて日本では月食や日食は“凶兆”とされ、疫病や天変地異などから逃れるために太陽や月を弔い、祈りを捧げる慣習や信仰が各地に残っている」という――。
皆既月食
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晴れていれば3年ぶりに全面的に皆既月食が見られる

コロナ感染症による「緊急事態宣言」対象エリアが拡大する中、5月26日(水曜)の夜は心身が癒やされる時間が流れるかもしれない。仮に晴れていれば、およそ3年ぶりに全国的に皆既月食が見られるのだ。

皆既月食とは、「太陽—地球—月」が一直線状に並び、月が地球の影の中に入ってしまう天文現象をいう。皆既月食の場合、月は幻想的な赤銅色に染まって見える。今回の皆既月食は、一年のうちに最も大きく月が見える「スーパームーン」にも重なる。双眼鏡やデジカメで、その瞬間を狙いたいものだ。

一方、「太陽—月—地球」と月が太陽を隠す皆既日食や、太陽が月にはみ出して光の輪をつくる金環日食はめったに見られるものではない。近年で記憶に新しい日食ショーは2012年5月21日、日本の広い範囲で観測された金環日食であろう。ワイドショーなどでも大きく取り上げられ、話題になった。筆者も当時、東京の自宅近くで日食グラスをかけて、「リング」を観測し、声にならないほど興奮した思い出が残っている。ちなみに次回、日本における金環日食は2030年6月1日である。

なぜ「太陽や月を弔う」という不思議な慣習があるのか

さて、本稿では「太陽や月を弔う」という、なんとも不思議な慣習について紹介したい。

天文学が確立されていなかったその昔は、日食や月食は「凶兆」とされ、それから逃れるために太陽や月に対して祈りを捧げたのだ。その痕跡が各地に残っている。

東京都内には「日食の墓」なるものがある。一見、頭を捻ってしまうが、れっきとした日食を供養する墓なのだ。人やモノではなく、天文現象を供養することにどんな意味があるのだろうか。

その墓は多摩川河口からおよそ100km上流にある小河内ダム湖畔にある。小河内ダムは東京都の水源の20%を供給する巨大ダムである。19年の歳月と150億円の総工費、そして工事関係者87人の犠牲を払って1957(昭和32)年に竣工した。

そのダム湖を望む遊歩道に、古い石仏や石碑が20基ほど、きちんと管理された状態で置かれている場所がある。石仏群は、今ではダム湖底に沈んでしまっている複数の村にあったものを、移転したものだ。