「妻を喜ばせるための手伝い」という発想を捨てる

となると、「妻を喜ばせるための手伝い」を目指すのは、本当に現実的なのだろうか。妻を喜ばせるためには、妻がやってほしいことを妻がやってほしいようにやらなければならない。

佐光紀子『なぜ妻は「手伝う」と怒るのか:妻と夫の溝を埋める54のヒント』(平凡社新書)
佐光紀子『なぜ妻は「手伝う」と怒るのか:妻と夫の溝を埋める54のヒント』(平凡社新書)

妻の言うとおりにやって、妻を納得させることなくして、彼女を喜ばせることは不可能だ。

言い方を変えると、家事の現場では、妻が親方で夫は弟子。弟子は親方の家事の技を脇目に見ながら、親方の技に近づけるべく努力する。うまくいけば、親方は、弟子の仕事に満足して、褒めてくれたり、感謝してくれたりするだろう。

しかし、多くの場合、何らかの不備や手違いを指摘し、指導することに神経がいき、弟子の努力を認めて褒めることは、そうは起こらないのが実際のところではないだろうか。そう考えると、彼女が喜んでくれる、あるいは褒めてくれる家事への道は険しい。

だとすれば、まずは、「妻を喜ばせるための手伝い」という発想を一度捨ててみてはどうだろう。「妻を喜ばせ」「楽にする」という発想から離れて、彼女の弟子になるのをやめるのだ。あきらめる、と言ってもよいかもしれない。

「自分と家族が快適に暮らすため」という目標に切り替える

かわりに彼女を喜ばせるためではなく、自分が、そして、家族が快適に楽しく暮らすために家事を分担する、と発想を切り替える。

彼女に言われたお手伝いを彼女を喜ばせるためにするわけではないから、彼女が喜んでくれる可能性は低いかもしれない。けれども、こちらも、彼女のご機嫌で一喜一憂することはなくなるし、負担が減ったと彼女が実感してくれれば、実感した段階では喜んでもくれるし、感謝もしてくれるだろう。

長期戦にはなるけれど、喜んでくれるかどうかで振り回されるよりは、よほど平和に、穏やかに家事のシェアができるのではなかろうか。

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