家に公安が押しかけてきて…

日本での生活が20年になる麗麗さん(仮名、40代)は、「ウィーチャットを使って本音を発信すると、とんでもないことが起こる」という。中国に在住する親戚が、ある騒動に巻き込まれたというのだ。

「彼の住んでいる住宅の隣接地でマンションの建設が進められているのですが、その開発事業者についてウィーチャット上でちょっと文句を言ったら、すぐに、彼の自宅に公安が飛んできて、彼に向って『余計なことを言うな』と凄んだそうです。ウィーチャット上の情報発信は公安から見張られているんです。その話を聞いて、思わず背筋が寒くなりました」

手錠や指紋
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中国政府がネット上の情報発信を厳しく監視していることは周知の事実だ。「共産党」「天安門事件」「人権」などが“特定キーワード”として監視されているという。北京の地元紙『新京報』は「2013年の時点で、200万人を超える監視従事者がいる」と伝えていたが、2017年にサイバーセキュリティを強化するための法律「インターネット安全法」が制定され、さらに監視が厳しくなった。

市民のたわいのないチャットでさえも監視されている。山東省では、若い女性が「疫病が発生したようだから豚肉や鶏肉を食べないようにしなければ」という内容をウィーチャットに書き込んだら、6~7人の公安局員が自宅に踏み込んできた。

アカウント凍結で電子マネーも使えない

拘束には至らないもののアカウントを凍結されるケースもある。「甥がウィーチャットのアカウントを凍結された」と話すのは、上海の大手商社(中国企業)に勤務する李さん(仮名、50代)だ。

「甥は友人とのチャットで、うっかり“特定のキーワード”を使ったため、即刻ウィーチャットのアカウントが使えなくなってしまいました。気の毒だったのはその先で、ウィーチャットペイにプールしているお金も動かせなくなってしまったのです」

中国政府による監視は今や国境を越える。筆者は、中国以外の国でも使えるグローバル版のウィーチャットを使って、上海在住の日本人とメッセージをやり取りしているが、中国の政治の話だけはしないで、とクギをさされている。

デジタルのバイナリコード
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中国では、友人と連絡をとるにも、支払いをするにも、デリバリーを頼むにも、何をするにもウィーチャットを使えば素早くできる。多くの市民はこれこそが「生活水準の向上」だと受け止めている。逆に、ウィーチャットがなければすべてが立ち行かないのだとしたら、こうした「言論の不自由」も受け入れるしかない。

中国の人々は「便利だ、便利だ」と言いながら、結果として、監視社会という大きな鳥かごの中に知らず知らずのうちに取り込まれてしまっているのだ。