精緻なすり合わせ技術の経験が活きた

特に重要な役割を発揮したのが、完成車メーカーとサプライヤーが蓄積してきた精緻なすり合わせの経験値だ。トヨタ自動車など自動車メーカーは、常日頃から原価低減への取り組みと、需要創出のための品質の向上に努め、サプライヤーと密にコミュニケーションをとる。

サプライヤー各社は、完成車メーカーの高い要求水準を満たさなければならない。その積み重ねによって、関係企業が生産継続のために、いつ、どこで、誰が、何をしなければならないかが瞬時に把握できるサプライチェーンが構築され、製造業の生産性が向上した。

ノートパソコンを持つ土木技師と女性作業員が握手
写真=iStock.com/ichz
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それに加えて、東日本大震災の教訓を生かして、自動車各社はサプライチェーン・リスクの管理体制を強化し、ある程度の供給の停滞に耐えうる事業運営体制を整備した。そうしたモノづくりを支える現場力が、火災発生から1カ月以内の生産再開を支えた。感染対策を徹底し、ルネサスの早期生産再開を支えた各企業の現場力は称賛に値する。

日本製造業の底力を再認識できた

近年、世界的にAIを用いた生産プロセスの省人化や管理が重視され、ルネサスなどわが国企業もそうした取り組みを進めてきた。それでも、火災を防ぐことはできなかった。火災発生が今後の完成車生産に与える影響は慎重に見る必要があるが、今回のケースは世界各国がわが国製造業の現場力、その底力を再認識する重要な機会だ。

重要なことは、各企業から派遣された人々が、何としても期限内に復旧させるという熱意を共有したことだ。コロナ禍によって人と人が直に会い、協力することは容易ではない。その状況にもかかわらず、異なる企業から集まった人々が“大部屋方式”と呼ばれる情報連携を徹底することによって集中力を発揮し、那珂工場の早期生産再開を実現させた。

それは、組織の実力が、それを構成する人の数と、個々人の集中力に依存することを確認する良いケーススタディだ。急激な環境変化に対応し、企業が事業を継続するためには、組織が一つにまとまり、一人ひとりが集中力を発揮しなければならない。