機能価値だけではひとの心は動かせない

近年ヒットした商品を見ても、人気を集めている背景には情緒価値があります。

たとえば、バルミューダ(BALMUDA)のトースターはご存知でしょうか。2万円超えという高価格にもかかわらずヒットし、話題になった商品です。

このトースターは性能自体も優れていて、温度制御機能・スチームテクノロジーにより、パンの表面をカリッと、なかをふっくらと焼くことができます。しかし、「美味しいパンを焼ける」という機能価値だけで支持されたわけではありません。

ヒットを後押ししたのは、デザインの美しさ。世界的にも高く評価され、数々のデザイン賞を総なめにしました。家におしゃれなバルミューダ製品を置いて、美味しいパンを焼き、ちょっと素敵な朝食をとっている。そんなライフスタイルを演出してくれることが、このトースターの情緒価値でした。

ほかの例としては、無印良品も挙げられます。

無印良品を選ぶ人たちは、使い勝手の良さという機能価値を評価している面もあります。しかし、同程度の機能を持つ日用品や文房具は、百円ショップやホームセンターなどでも揃えられるでしょう。

無印良品が選ばれるのは、ブランド自体が持つ「シンプル」という世界観が共感を集めているからです。素材感のある商品はその世界観を反映していて、使っていると、自分自身も飾らない暮らしをしている気分になれる。それが、無印良品の情緒価値だと言えます。

売り物としては、機能価値を満たせば十分。しかし広い市場のなかから選んでもらうには、情緒価値まで考えなくてはいけないわけです。サントリー時代に言われた「お客様の心のなかに『価値』をつくる」とは、情緒価値のことだったのでしょう。

会議中にひらめく女性
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです

「たくさんの人が欲しがるもの」を作ってはいけない

では、どんな情緒価値をつくればいいのでしょうか。

売り上げのためには「なるべく多くのお客様に響く情緒価値を」と考えたいところですが、その発想はかえって危険です。

「たくさんの人が欲しがるもの」はニーズが顕在化していて、すでに世の中にある可能性が高いからです。競合と同じような商品・サービスをつくってしまうと価格競争に陥ってしまい、体力のないスモールビジネスでは不利になります。

考えるべきは、少数の人の心を強く動かせる情緒価値。「ほかにない自分のためのものだ」と感じることで、お客様の心にはより強い情緒価値が生まれます。その感動が口コミで広がれば、結果的に多くの人に受け入れられていくはずです。

ここでキーになってくるのが、「インサイト」という概念です。インサイトとは、「本人さえも気付いていない本音」のこと。「ニーズ」よりももっと心の奥にあり、お客様の性格、価値観が反映されていることが特徴です。

本人さえも気付いていない、隠れた本音。それが具現化して示されることで、「そうそう、どうしてわかったの? これが欲しかったのよ!」と感動が生まれ、お客様にとって強い情緒価値になっていきます。