幕末によくある派手なエピソードはないが…

【大木】でも、これだけの大仕事を成し遂げた人なのに、意外と知られていませんね。「類は友を呼ぶ」の言葉どおり、僕の周りには幕末史好きが何人もいます。例えば西郷隆盛や坂本龍馬のような武勇伝がある人のことはよく知っている。一方、渋沢栄一は、現代に通じる銀行や会社をつくり、大学や病院もつくって教育や社会福祉事業にも貢献した「日本資本主義の父」と呼ばれる人だといわれても、あまりピンときていないようです。

【安岡】渋沢栄一の著作を読むと、視野の広さ、洞察力の鋭さ、先見性などスケールの大きさを感じます。歯に衣着せぬ物言いも秀逸で、これほど面白い人物はそういないと感じますが、命のやりとりのような派手なエピソードを期待する方々には面白みに乏しい人物と映ってしまうのかもしれません。

【大木】そもそも時代劇や歴史もの好きは、現代とのギャップ、たとえば丁髷ちょんまげや忍者などの装束、戦闘や切り合いなど、非日常的なシーンに魅力を感じる人が多い。大河ドラマでの起用が遅れたのもそういう理由かもしれませんね。

でも、死後90年もたってなお、同郷の後輩である僕に、本のお仕事や大河ドラマの案内役のお仕事をつくってくださるわけだから、やはり頼りがいのある偉大な先輩です(笑)。

ビビる大木さん
撮影=大沢尚芳

武士も農民も町人も同じ志を抱いて動く時代

【安岡】大木さんは、そもそも幕末史のどんな点に魅力を感じておられますか?

【大木】いろいろありますが、やはり佐幕か倒幕かの別なく、若者たちが国の危機を憂い、国を救いたいとの志を持って命がけで駆け抜け、維新の革命を成し遂げたところです。この時代は武士だけでなく、農民や町人も同じ志を抱いて激しく動き回っています。

農民出身の渋沢栄一も、尊攘倒幕の志士として仲間と高崎城を襲撃して横浜を焼き討ちする計画を立てますが、この時代の志士はみんな、大義のために自分の命は犠牲になってもかまわないとの覚悟で挑もうとしていた。他の志士たちとあまり変わりませんが、安岡先生がおっしゃるように、彼らとは別の次元でものを考えていたようにも見えますね。

情熱に任せて行動するだけではだめだと気づいた

【安岡】高崎城襲撃計画は、従兄弟の尾高長七郎に、成功の見込みはなく、百姓一揆に間違われて犬死するだけだといさめられて断念します。そして京都に逃れ、一橋家家臣→幕臣→明治政府の官僚→在野の実業家と転身を重ねていきますが、この間わずか10年ほど。尊王攘夷→文明開化→明治維新→殖産興業という時代の大きな潮流と重なります。