多くの研究は「すぐに役に立つもの」ではない
学問や研究も、今は何かにつけて「役に立つ」ことが求められますが、多くの研究、特に基礎研究はすぐに役に立つものではありません。しかし、役に立つということについて考えるのならば、個々の研究以前に「科学的思考」そのもの――科学的なものの考え方が、いかに役に立つものか、大事であるかということに、もっと目を向けてほしいと思うのです。「科学者としてのプロの仕事は、研究以外のあらゆる分野に生かすことができる」という事実が、このことをとてもよく表しています。科学と社会の関わり方が、「研究がすぐに役に立つか、立たないか」「自分たちの味方か、気にくわないことを言っているか」という視点でしか語られないのは、本当にもったいない。科学的思考は、ビジネスにおいても、教育においても、基本となるものなのです。
「科学的に考えること」は羅針盤になってくれる
科学者が社会の中にいるというのは、どういうことなのか。それを読者のみなさんの立場に置き換えれば、「社会の中で、科学的にものを考えて生きていくとはどういうことか」ということだとも言えます。「科学的に考える」というのは、必ずしも「理系」の分野だけではなく、「文系」に属するとされる分野においても大事なことです。科学的思考は、人類の長い歴史に根ざした、世界共通のものさしなのですから。
あらゆるニュースや社会的事件について、流言や陰謀論がはてしなく飛び交うようになった現在、「何を軸に考えればよいのか」が分からなくなる人も増えていることでしょう。そんなとき、「科学的に考えること」は、ものごとの基本に立ち返り、行くべき道を照らしだす羅針盤になってくれるのです。
この本では、僕が科学者としての人生の中でこれまで経験してきたことを振り返りながら、「社会の中の科学者」という生き方について、つまり「科学的な考え方を軸に判断すること、仕事をすること」について、語ってみたいと思います。