男性は「診療拒否同意書」にサインし、ERを去った
2020年年末の湘南鎌倉総合病院ERにもさまざまな人が訪れ、一時期はごったがえしていた。
「死んでもいい。俺は帰るよ」
50代男性患者の大きな声が私の耳に入ってきた。
男性は母親と二人暮らしで、飲食店を経営している。2週間前から咳が出て、症状は治まりつつあるものの、なかなかスッキリとよくならないと近所のクリニックを受診したところ、血液中の酸素の値が悪かった。クリニックの紹介でERを受診し、「肺炎」と判明。しかし詳しい検査を受けてもらえないため、肺炎は肺炎でも、細菌性なのか、新型コロナのようなウイルス性のものかはわからない。
「コロナの影響で客が激減した。週末やっと多くの客が入るんだ。休むわけにはいかない」
おそらく忘年会、新年会のことを指しているのだろう。担当医は何とか治療を受けてもらおうと説得する。
「医師として自宅に帰ることは絶対に勧められません。あなたの今の状態は低酸素状態。慢性的に低酸素にさらされれば、軽い肺炎でも悪化しますし、脳の細胞にも影響します。周囲の方への感染も心配ですので、お仕事も休んでください。このままでは死んでしまいます」
それに対して男性が返した言葉が、前述の「死んでもいい」だった。男性は「診療拒否同意書」にサインし、ERを去った。
「他所で断られる患者が、うちの病院に集まってくる」
医療介入を必要とする患者は「新型コロナか、そうでないか」という単純な2分類ではない。むしろ、単に「新型コロナ陽性患者」だけなら、自宅療養でOKなのだ。
同院救命救急センター長の山上浩医師によると、「自宅で療養していた新型コロナ陽性患者の状態が悪くなった時、救急車が呼ばれる。そして、他所で断られる患者が、うちの病院に集まってくる」という。陽性患者の救急搬送であるから、急きょ隔離したスペースが必要になる上に、複数の疾患を併せ持つことが多いため、大半の病院から敬遠されてしまう。
例えば新型コロナ陽性患者が脳出血を発症したり、転倒して骨折したり。特にがんや糖尿病などの生活習慣病を患う高齢者は重症化のスピードが速いため、診療に不慣れな医師は受け入れを拒みやすい。ほかにも透析を受ける患者が新型コロナに感染すれば、当然透析の準備も必要になる。