昨年12月には「苺とブラウニーのパフェ」(同価格。現在は販売終了)を出すなど、状況に応じてスイーツ感覚の商品を打ち出す。

年間での売れゆきトップ3「バニラ」「ストロベリー」「グリーンティー」など定番の8商品に加え、季節性を打ち出した期間限定品で展開するのが、現在の同社の基本戦略だ。

かつては「アイスクリームケーキ」を販売していた

「アイスクリームケーキは、店舗展開をしていた時代は販売しました。日本での発売当初、売り上げの大半は『ショップ』と呼ぶ専門店が中心でしたが、ショップ事業は2013年に終了。現在はご存じのように、国内各地の小売店で買える商品となっています」

2004年、当時の同社女性幹部に取材したことがある。ショップ事業を展開中の時代で、すでに売り上げ全体に占めるショップの売り上げは「6%」にすぎなかった。だが、それでもショップは「ハーゲンダッツのファンづくりには不可欠な存在」と話していた。結局、その後9年、ショップ事業を継続したことになる。

「ショップの店内で販売していたアイスクリームケーキは完成品ではなく、ケーキ本体にソースなどが添えられており、お買い上げ後、自分で仕上げるスタイルでした。その一方で、2003年には、ミニカップで『カスタードプティング』を発売。2004年にはコンビニ限定で『パルフェ』という商品(当時399円)を発売するなど、小売店向けの商品も深めてきました」

ミニカップ「カスタードプティング」は2003年から2005年まで期間限定で販売後、2018年12月に期間限定品として復活した。「点」ではなく「線」や「面」で見ると、ハーゲンダッツの取り組みが分かるだろう。

青山の1号店が行列文化を生んだ

今でも「高級アイスクリームの代名詞」と思われるのは、日本上陸後のブランド戦略による。

名前からは欧州発祥に思えるが、実は米国生まれのハーゲンダッツが、1984年に日本に上陸した際に直営店を構えたのは、東京・青山だった。

地下鉄外苑前駅に近く、青山通り(国道246号線)に面したこの店は、オープン当初から若者を中心に店外までお客が並び、東京都内における「行列文化」のさきがけとなった。翌1985年、西麻布に1号店ができた「ホブソンズ」が加わり、店で食べる高級アイスクリーム文化が芽生えたのだ。