薬の乱用で耐性を持つ病原体が生まれてしまう
このような処方はもちろん医療とは呼べないものだが、もしこれらを仮に服用しても、なんら副作用を来さない人もあろう。そのどちらかの薬剤が効果をもたらして解熱、結果オーライというケースもあるかもしれない。今は緊急事態なのだから、取りあえず試せる薬があるならなんでも使ってみればいいじゃないか、という意見もあるかもしれない。
しかし新型ウイルスへの恐怖があるからといって、いくら今は非常時だからといって、このような念のための薬漬け治療があってよいものだろうか。薬剤乱用の後に待っているのは、その薬剤に耐性を持つ病原体の出現だ。
現時点で新型コロナウイルスを直接にたたく特効薬は存在しないが、もし今後開発されたとして、その“特効薬”も、抗菌薬やタミフルなどと同様に、念のためと称した“取りあえず処方”で乱用されれば、せっかく手にした特効薬にも早晩耐性ウイルスが生じ、私たち人類として貴重な武器を失ってしまうことにもなりかねないのだ。この非常時を契機にして“取りあえず処方”が広く長期に定着してしまうことを、私は今から危惧している。
今シーズン発熱して受診した際、診察はそこそこに、もしこのような“取りあえず処方”をされた場合は、ぜひ担当医に、なぜそのような処方をするのか詳しく理由を尋ねてほしい。その処方薬を服用するメリットとデメリットについての詳しい説明を求めてほしい。もちろん新型ウイルスの脅威は否定しないが、ただやみくもに薬を使えば良いというものでは決してない。感染爆発の今だからこそ、私たち医師にも患者さんの側にもよりいっそうの冷静さが求められよう。
医療インフラにこそ財源投入をするべきだ
わが国は、コロナ上陸後これまで多くの時間があったにもかかわらず、政治の不作為によって医療・検査体制の整備がなされないまま感染爆発に突入してしまった。今ある体制・リソースの範囲で、検査すべき人を早く・取りこぼすことなく検査し早期治療につなげ、いかにこれ以上重症者と死亡者を増やさぬようにするか。それを、個々の医療現場で悩み続けながら対応していくしかなくなってしまった。まさに現政権ならではとも言うべき自助努力の極みだ。
あれだけ時間があったのに、これまで政府が行ってきたのは、コロナの感染爆発を見据えた医療・検査体制の整備、医療インフラへの財源投入ではなかった。感染爆発など起こり得ないという根拠なき希望的観測を前提として、感染拡大阻止どころか感染爆発すら招きかねない事業に巨額の財源が投入されてきたのだ。
おそらくはもう手遅れであろうと思うが、今からでも、過剰検査や過剰投薬といったゆがんだ医療に手を出さずとも医療機関がまっとうな医療を提供し続けることができるよう医療・検査体制を整備するべきだ。医療インフラという、まさに国民の命に直結する事業に大胆に財源投入することのできる知性と胆力を有した者に、政治を担ってもらいたい。