日本の親子は読み聞かせのときにやりとりをしない
親は絵本の文章をひたすら読んでいく。子どもはそれを黙って聞いている。どちらも何かを問いかけたり、口を挟んだりといったことがほとんどないのです。
その後、再度アメリカに留学し、ハーバードの博士課程に入ったときには、この調査をもとにして論文を書きました。
「日本の親子は読み聞かせのときにやりとりをしない」ということを、データをもとにして検証したのです。
この論文を見た指導教授からは、こんなアドバイスをもらいました。
「日本の親子は読み聞かせのときに話さない、やりとりをしないことはわかった。では、字のない絵本を使ったらどうなるだろう?」
字のない絵本といえば、ディック・ブルーナの『じのないえほん』(石井桃子訳・福音館書店)が有名ですが、文章のない絵本はほかにもたくさんあります。
カナダのウォータールー大学の研究者が行った調査によると、「文字のない絵本」と「文字のある絵本」では、前者のほうが親子間でより活発なやりとりがなされていたと報告しています。
たしかに、そういう絵本であれば、親は何かを自分で考えて話さないわけにはいきません。すると、それに反応して子どもも何かを話す、というのです。
文字のない絵本でもやりとりはなかった
さっそく私は、アレクサンドラ・デイの、『グッド・ドッグ・カール(Good Dog, Carl)』(Little Simon)という絵本を素材にして調査をはじめました。
この絵本は、お母さんが買い物に出かけている間、犬のカールが赤ちゃんを見ているように頼まれる話です。お母さんの化粧品をいたずらしたり、水槽を泳いだりする元気のいい赤ちゃんを、カールが一生懸命お世話する様子が絵だけで愉快に描かれています。
では、文字が書かれていない『グッド・ドッグ・カール』で読み聞かせをしたら、日本の親子の読み聞かせは変化したのでしょうか。
結果は同じでした。
ほとんどの親は、絵に描かれた状況をことばで説明し、話を進めていくだけでした。子どもも同様で、親が進めていく話を静かに聞いているだけです。つまり、字のない絵本を使っても、やはり日本の親子の読み聞かせでは、やりとりは行われなかったのです。
あくまでも、親はお話を読む、子どもは静かにそれを聞く、というのが日本での読み聞かせであることがわかりました。
教授からは、研究についてもうひとつ助言をもらっていました。「日米の読み聞かせを比較してみなさい」ということです。
そこで、今度は日米の親子を対象にして、同じ絵本の読み聞かせのやり方がどう違うのかを調べてみることにしました。
幸いにも、アメリカの親子については、すでに別の研究者が読み聞かせの様子を記録したデータがありました。その調査で使われたのと同じ絵本を題材にして、日本の親子についても調べれば比較研究ができます。
このときに素材にしたのが、フランク・アッシュの『クマくんのやくそく』(山本文生訳・評論社)です。