人類は「リセット」できない
テレビゲームや各種オンラインゲームからも大いに学べる。
たとえば、バグが一週間のうちに制御不能のパンデミックの場へと変容してしまったオンラインゲーム「ワールド・オブ・ウォークラフト」だ〔ゲームの要素として導入され、特定のエリア内にのみ影響をおよぼすはずだった「Corrupted Blood(穢れた血)」という感染症が、ゲーム内の「ペット」など、想定外のキャラクターを通じて広範囲に拡散した〕。
これはゲーム内だけの出来事だったが、このパンデミックはあまりに複雑であり、事態の成り行きを予想できた者は誰もいなかった。結局、ゲームの開発者たちはこのパンデミックを終息させるためにゲームのサーバーをリセットせざるを得なかった。
この例から言えることは一つ。現在のパンデミック、そして(予測可能性の有無を問わず)将来訪れる脅威を前に、われわれは人類の電源を切ってリセットすることなどできない。われわれは現実の危機に対処しなければならないのだ。願わくは、人類がもっと賢く、社会正義に敏感で、より自由で、そして将来世代の行く末に思いを馳せるようになってほしい。
そのためには、われわれを待ち受ける最悪の事態を予測することから始めるべきだ。最悪の事態に備え、それを回避するためである。
社会はあっけなく独裁者を容認するだろう
第一に、現在のパンデミックが今後どのような経過を辿るのかは、まだ誰にもわからない。すべては、外出禁止後の措置の効果、ワクチンの開発と配布、ウイルスに起こり得る変異にかかっている。現状からは、第二波が来る可能性は充分にあり、集中治療室の患者数が一定のレベルを超えた際に発せられる、新たな外出禁止措置の準備(いつそうなるとも限らない)を覚悟しなければならないことが考えられる。
外出禁止措置を打ち出すたびに、経済、社会、政治の面に衝撃が生じ、それらが現在の惨状に新たな災難として加わるだろう。とくに、今回のパンデミックによって疲弊し、そして(比喩ではなく文字通り)犠牲になった医療従事者が同様の事態の再来に耐え抜くことは、さらに困難になるだろう。彼らは非常に勇敢かつ献身的に、力と技能を尽くして今回のパンデミックに立ち向かった。
そして消耗した民主主義は、社会がこれまで以上にあっけなく独裁者になびくことを容認するのではないだろうか。そうなれば、監視の必要性が叫ばれ、そのためのあらゆる法律が制定される。そのような社会では、どのメディアも真実を語ることより、噂を流すことに関心をもつだろう。そしてメディアは、彼ら自身が台頭を後押しする独裁者によって、言論の自由を奪われることになるだろう。