ハンターの事情、加工施設の事情も鳥獣被害対策と逆行する

次に、イノシシやシカを捕る立場から考えてみましょう。

小坪遊『「池の水」抜くのは誰のため?』(新潮新書)
小坪遊『「池の水」抜くのは誰のため?』(新潮新書)

肉をジビエとして売る前提で捕獲を行うなら、なるべく効率よく捕獲をして、品質を保って出荷し、安定的に供給した方が事業としてよいでしょう。すると、簡単に獣を捕まえられる場所や、運び出しが容易な場所での捕獲がより望ましくなります。

ところが、実際に鳥獣害に苦しむ人は、アクセスが容易でない奥山の農村にもいますし、人の入りにくい場所にしかいない貴重な生物が鳥獣害を受けていることもあります。そうした場所でのイノシシやシカの個体数を抑えることよりも、効率よく捕獲して肉を販売することを優先すれば、これも鳥獣害対策と逆行してくる恐れがあります。

地域の立場でも考えてみましょう。ジビエ活用をうたった加工施設などが各地にできています。肉を素早く衛生的に処理する上でも、こうした施設は確かにジビエ活用には重要でしょう。でも、ただでさえ農業の担い手不足や高齢化が叫ばれ、中には道路脇の草刈りや祭りなどもできなくなるような集落があります。施設を作っても、どんな人が何人くらい、どんな時期や時間帯に働くのでしょうか。施設が休みの日はどうでしょうか。

「しばらく加工場が閉まっているから、捕獲はやめてね」「今日はもうたくさん買い取ったから、これ以上は持ってきてもお断りだよ」と言われたら、捕獲はしないのでしょうか。施設の予定や都合に振り回されてしまって、適切なタイミングで捕獲ができなければ、これも鳥獣害対策と逆行してくる恐れがあります。

「ジビエ活用で鳥獣害防止」は、農村の被害も抑えられて、命も大事にするという、わかりやすい話です。都市に住む人にも、ジビエを食べることで農村での鳥獣害対策に少しでも役立てるかもしれないという関心を持たせた意味も小さくありません。しかし、ここであげたような側面をはじめとして、たくさんの課題があるのです。

動物園で「駆除シカ」有効活用?

最近は、駆除されたシカの肉を動物園のライオンやクマなどに与える「屠体給餌」も注目されています。駆除されたシカの有効活用だけでなく、シカを与えられた肉食獣本来の行動が引き出されることや、それを目にする来園者の学び、さらにはそこから鳥獣害のことも知るきっかけにもなるとして、多くの波及効果があると言われています。

ただ、感染症対策などの処理を施したシカ肉は、通常エサで与えているニワトリやウマの数倍の費用がかかる「高級肉」。各園は募金などで費用を確保しようとしています。「こういう取り組みをどんどんやろう」だけではなく、園側が続けられるような支援もまた求められていますし、ライオンやクマ以外の動物にも少しでもやさしい動物園にしていくことも忘れてはなりません。

ドライな言い方をすれば「美談」はあくまでおまけみたいなもの。いい話に目がくらんで、鳥獣害対策という本来の目的を見失ってジビエ礼賛になるような落とし穴には、はまらないようにしたいものです。

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