電子決済サービス不正引き出しに、なぜ速やかに対応できないか

押印文化の影響力を確認するためのケーススタディのひとつとして、昨今注目を集めている電子決済サービスを経由した預金の不正引き出しを考えると良いだろう。本来、そうした問題を起こした企業のトップは、速やかにシステムを止め、被害の拡大を阻止しなければならない。

しかし、実際の対応を見ていると、抜本的な対応がすぐに進まなかった。それが示唆するのは、多くの人が合意形成に関与したことが1つの要因となり、わが国の企業における結果責任への意識が希薄化した可能性があることだ。

突き詰めて考えると、新規事業計画などの承認と実行には、組織全体の最高意思決定権者と当事者間の合意があればよい。そのほうが責任の所在は明確かつシンプルだ。

それが、目標達成にこだわり、さまざまなリスクに対してより鋭敏に感覚を研ぎ澄まし、スピード感をもって変化に対応する意識向上を支える。押印による合意形成が本当に組織の実力(組織全体が集中して目標の実現に取り組む)の向上に資するか否かは冷静に考える必要がある。

永く受け継がれてきた価値観を虚心坦懐に見直せるか

自然界においても経済においても、強いものが生き残るのではない。変化に機敏に対応し適応できるものが生き残る。重要なことは、印鑑の存在を問うことではない。押印によって集団の合意形成を重視するわが国の文化が、加速化する世界経済の変化に対応できていないことだ。

カフェにて、スマホで決済をする女性の手元
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コロナショックの発生によって、世界的にテレワークが当たり前になった。それによって、世界から優秀な人材を募り、競争力を高めることができると考える企業経営者は増えている。

しかし、紙への押印が続けばテレワークの推進は阻害され、人々がより良い能力の発揮などを目指した新しい働き方を目指すことは難しくなる。それが続けば、わが国企業が優秀な人材を確保することは難しくなり競争力は低下するだろう。

今、わが国の政府と企業に求められることは、永く受け継がれてきた価値観が、加速化する環境の変化に適しているか否かを虚心坦懐に見直すことだ。その上で、「どうもおかしい」と多くの人が感じることは速やかに是正すべきだ。それが規制改革の基本的な発想だ。

そう考えると、河野大臣が推進する押印廃止などの行政改革は、わが国全体が「新しい生き方=文化」を創出し、世界経済の変化に対応するために重要だ。