小柄なのに「マイクの前」に座ると大柄にさえ見える
6時29分、東京・赤坂、TBSビル9階。第7スタジオで遠藤泰子がスタンバイしていた。76歳、職業はフリーアナウンサー。
『森本毅郎・スタンバイ!』がまもなく始まる。番組が開始したのは1990年、開始3年後から同時間帯聴取率1位を続けているTBSラジオの2時間番組だ。
「三密」を避けるため、森本は赤坂の事務所から中継で出演する。
6時30分、森本のバリトンがスマートに口火を切った。Zoomの画像でつないでいるのかと思ったが、やりとりは音声のみだ。森本がまず触れたのは、この日告示された東京都知事選。前日に行われた候補者の会見について、新聞記事を引きながら各候補者の論点を分析。遠藤はそれに短く相槌を打ち、続けてニュースを読み上げていく。
6時41分からは「歌のない歌謡曲」だ。全国37のAM局で月~金の朝に放送されているパナソニック一社提供の番組で、1952年から続いている。15分間、歌の入っていないインストゥルメンタルの歌謡曲を数曲流しながら、各局のアナウンサーがおしゃべりをする。TBSラジオでは1990年から30年間、遠藤が1人で担当している。
この日の遠藤は、最近のゴミ分別について、「これからはマスクを捨てるときも、むき出しにしないといった配慮が必要」という記事を取り上げた。朝刊から自ら拾った話題だ。低音が重なり合うような声は、きっぱりと、朗らかだ。
スタジオに入る背中は少し丸く、実に小柄な後ろ姿だった。ところが、マイクの前の遠藤は大柄にさえ見える。
「あの艶っぽい声。ちょっとあり得ないですよね」
『森本毅郎・スタンバイ!』の中で、遠藤の主な出番はニュース読みとその後の「歌のない歌謡曲」だ。だが、7時台のニュースを森本がコメンテーターと深掘りするコーナーでも、議論に小さく同意したり、違和感を発したりしながら、そこにいる。遠藤の気配は森本の鋭く熱のこもった語り口と調和し、番組全体に健全でバランスのとれた雰囲気をもたらしている。静かだが、その存在感は確かだ。
スポーツ担当のTBSアナウンサー小笠原亘が、恐れ入ったという顔をした。
「泰子さんのあの艶っぽい声。ちょっとあり得ないですよね。出しゃばらずにメインを引き立てて76歳まで現役を張る。こんな仕事の目指し方もあるんだという女子アナのひとつの理想形だと思います」
遠藤のうなずく技術を解説してくれたのは、TBSラジオキャスターの田中ひとみだ。
「相槌ってやりすぎるとうるさいし、やらなすぎると無視したみたいになってしまいます。相手の気持ちのいいところに返しているのが泰子さんだと思います」