幕府に雇われた身分だからといって、かかった経費について領収書をもらって、あとで精算というわけにはいかない。

領収書は必要ないが、与えられたなかですべて賄わなければならない事業部長の立場だったといえばいい。

池波正太郎も『鬼平犯科帳』のなかで書いている。

「〔火盗改メ〕という、この役目に励めば励むほど、長官は、『金が要る』のである」

「長谷川平蔵がこの役目に任ずる前は、家計にもかなりゆとりがあったのだけれども、現在は家につたわる刀剣や書画骨董を売り、捜査の費用にあてることもめずらしくないのである」

長谷川家には土地があったから、幾ばくかの借地収入もあったようだが、それでも足りないと、家のなかのものを売ることになるわけだ。

平蔵は、赤字財政のなかで、雇った密偵たちに「小遣い=アルバイト代」を工面していた。人件費に割いていたのだ。

幕府から与えられた公費だけでなく、自腹まで切って、捜査に必要な人件費を工面していたことは、妻子のほか、与力や同心も気づいていただろう。密偵たちも、火付盗賊改が余裕のある役職ではないことぐらい知っていたはず。

だからこそ、密偵たちは平蔵のために命をかけて働いたのだ。

民間にねだる防衛省のキャリア、民間人が納めた年金を「どうせバレない」と着服する社会保険庁の役人……。彼らには、平蔵が見せた己の仕事への思い入れなど伝わらないにちがいない。

「身銭を切る」=「是」とは言わないが、せめて、部下に酒をおごるときは領収証をもらわないぐらいの気概を見せてはどうだろう。上司が「身銭を切る」姿を、部下はしっかり見ているものだ。もちろん「自腹でおごってやっている」という態度は逆効果だが。