新型コロナウイルスの影響で世界経済は大打撃を受けている。感染者の急増が止まったことから、日本を含む各国は制限緩和に移りつつあるが、そのタイミングは適切なのだろうか。東京大学大学院の小原雅博教授は「100年前のスペイン・インフルエンザ(スペインかぜ)では、経済の正常化を急がない都市のほうが、結果として経済の回復度合いが大きかった」という——。

※本稿は、小原雅博『コロナの衝撃 感染爆発で世界はどうなる?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

黒板にマスクとパンデミックの文字
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危機回避をすべきは公衆衛生か経済か、2つの危機と「厄介な問題」

新型コロナウイルスの世界的大流行は、公衆衛生の危機であるが、同時に経済の危機でもある。この二つの危機にどう対処するか、各国政府は大きなジレンマに直面することになった。

その核心は、「社会的距離(social distancing)」を置く措置の中身と期間にある。感染が接触感染やヒトからヒトへの飛沫感染によって起こる以上、ヒトとヒトの距離を引き離す必要がある。多くの国が、程度の差はあれ、学校や商業施設の閉鎖から都市の封鎖、そして国境の閉鎖まで空前の規制措置の実施に踏み切った。それは、その1か月余り前に中国が取った措置であるが、中国の場合は強権的で、より厳格で徹底したものであった。

しかし、そうした厳しい措置は、経済活動の凍結につながる。そして、それが長期化すれば、経済不況に陥りかねない。逆に、経済危機を回避しようとして、「社会的距離」を曖昧にすれば、感染が一気に広がる可能性がある。

このジレンマは、社会的な問題を科学的アプローチで解決しようとするときに直面する「厄介な問題(wicked problem)」であると言える。公衆衛生の危機の回避か、経済の危機の回避か、前者を解決しようとすると、後者が頭をもたげ、後者を解決しようとすると、前者が頭をもたげる。

「厄介な問題」には正解がなく、議論を終わりにするルールもない。ある人は公衆衛生の危機を強調し、またある人は経済の危機を強調するだろう。そして、その議論は、感染症の広がりや経済不況の深刻化という状況の変化によっても変化する。

100年前の「スペインかぜ」に当時、各国はどう対応したのか

しかし、危機に直面している以上、十分な議論を尽くすだけの時間はない。民主主義国家には、誠に「厄介な問題」となる。下手をすると、二つの危機は負の連鎖となって、経済や社会を容赦なく打ちのめすことになる。この「厄介な問題」にどう対処すべきだろうか?

参考になるのが、100年前に起きたスペイン・インフルエンザ(※)の大流行において、米国の43の都市が取った措置についての二つの報告書(2007年8月8日のCDC発表論文及び2020年3月26日の米連邦準備理事会〈FRB〉他の専門家の発表論文)である。

※俗に「スペインかぜ」とも呼ばれるが、かぜではなく、H1N1というウイルスによって感染するインフルエンザ。1918年春~1919年夏にかけて世界で大流行し、世界の人口の約3分の1が感染、1700万人から1億人が死亡したとされる。