パワーカップルの肥大した選民意識
こうなってくると、パワーカップルによるタワマン購入は、相当無理に無理を押してなされる破滅的住宅取得だが、SNS全盛の昨今、パワーカップルを主としたタワマン居住者は、その火の車の家計とは裏腹に、「ホームパーティー」や「自宅飲み会」の模様をこれみよがしに写真や動画としてSNSに投稿する。こういったこれみよがしの写真がSNSから発せられる例を見たことがあると読者も多いと思う。
アメリカの経済学者、ソースティン・ヴェブレンはこのような消費行動を「見せびらかしの消費」と呼んだ。自分たちは一等他の大衆とは違う選ばれた有閑階級であり、タワマンの夜景を眺めながら下々の暮らしを睥睨しつつ、気の置けない友人や知人を呼んで夜景をバックにホームパーティーを楽しんでいる——。実のところこうした自意識、肥大した選民意識こそが無理をしてまでタワマン購入に走らせる動機の最たる理由である。
宮部みゆきの傑作小説『理由』(1998年)は、こうした人々の自意識をくすぐるタワマンがある種のステータスとして羨望を集める中、千住地区のタワマンを、無理を押して不動産競売で落札した下町の住民が、トラブルに巻き込まれ破滅するサスペンスである。当時はタワマンブームの嚆矢だったから、この小説の構成はまさに時代の先駆けとなる強烈な示唆に富んだものとなっている。
○○と煙は高いところが好き
しかしながら今やタワマン購入者の主力となったパワーカップルが、本当に有閑階級なのかというと全く違っている。夫婦の合算年収が1000万円という程度の所得は、他の先進国基準では至って中産階級、場合によっては中の下程度である。慢性デフレ下で貧乏になりゆく日本にあって、中産下位の世帯が有閑階級を気取らざるをえないということ自体が社会の病巣の一つであるが、マンションデベロッパーは現地説明会ではそんなマイナス要素を一切口にしないので、百戦錬磨の営業マンに「低金利時代の今なら憧れのタワマンが手に入ります」と調子に乗せられ、嬉々として契約書にハンコを押し、銀行や公庫に平均寿命の半分弱に近い超長期ローンを申し込んでいく。
人間は自明のことを大々的にアピールしない。日本の有閑階級は、税務署の目を気にして「見せびらかし」の消費をせず、ひっそりと暮らしている場合がほとんどであり、自らが「下々の暮らしを高層階から睥睨する」ことで悦に浸ったりはしない。圧倒的強者は自らが強者であることをSNSでことさら喧伝する必要がないほど自明の強者だからである。無理に無理を重ねてタワマンを買ったパワーカップルが、これ見よがしにSNSで自らのタワマン生活を喧伝するのは、裏返せば自らの心の貧困と表裏一体であり、精神的には極めて脆弱な存在である。○○と煙は高いところが好き、とはよく言ったものだ。