そもそも通貨の目的は、ビジネスを円滑にし、活性化することにより、安定した経済成長を目論むことです。価値が上下する通貨に、人は信用を置くでしょうか。通貨は「信用」がすべてです。中央銀行がうまく機能しなくなった場合、あるいは既存の通貨に対して信用をなくしたとき、人々はほかの何かに移ります。それが金(ゴールド)になるか、デジタル通貨になるのかわかりません。デジタル通貨は、そういった類いのものだと思います。
先ほど、民間発行の通貨として、古代中国や黎明期のアメリカを例に挙げましたが、そもそも今の国家主権は、中央銀行の機能を民間に取られるほど弱まっていません。
したがって、最近よく囁かれる、巨大IT企業が独自のデジタル通貨を立ち上げ、国家を凌駕して世界市場を牛耳るというシナリオですが、今の主要国政府の反応を見るかぎり、そういったことはまだ起きないでしょう。もしも人々が国家の通貨を信用しなくなり、「ドルもユーロも信用できないけれども、アマゾンとアリババで売買できるものは信用できる」と言い始めるような状況になれば、話は別です。そのような無政府状態が引き起こされることは、当分の間ないでしょう。
ヨーロッパはあの企業と協力する
仮想通貨は今後も数多く誕生していくでしょう。ですが、既存の法定通貨をしのぐ安定性と流通性は持ちえないと思います。
その一方で、国家による既存の通貨のデジタル化が始まっています。
今のところ、世界各国は揃って「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」への慎重姿勢を崩していません。しかし、欧州と中国は導入に意欲的です。ユーロを管理する欧州中央銀行(ECB)は今、入念な準備を進めています。さらに、「中央銀行デジタル通貨」に批判的だった国際決済銀行(BIS)も、法定デジタル通貨の導入に舵を切りました。
繰り返しますが、通貨は、実際に売買が行われているところでしか流通しません。欧州は、自社内に巨大なマーケットを持つアマゾンとアリババと手を組み、デジタル通貨の立ち上げを進めていくと私は睨んでいます。
デジタル通貨は監視に利用される
一方で、デジタル通貨には、既存の通貨にはない大きな特徴があります。デジタル上で、一人一人の資金決済がすべて追跡できるという、中国のような監視国家にはもってこいのメリットです。
実際、私の視点では、中国の公的デジタル通貨「デジタル人民元」の開発は、金融経済的な観点よりも政治的な思惑が勝っています。
お金のやり取りから知りうる企業や個人の情報は今、中国が急拡大させている顔認証システムがもたらす情報よりも重要度が高いのです。中国政府にとってのデジタル通貨は、体制を維持するために、国民の行動データを中央に集め、また、通貨の移動を管理するためのツールでしょう。