船戸結愛ちゃんの虐待死亡事件はなぜ起きたのか

執筆に苦戦していた頃、船戸結愛ちゃんの虐待死亡事件が起きた。2018年、ひな祭りの前日だった。結愛ちゃんの母親は若くして出産し、離婚後はシングルマザーとして歓楽街で働いていた時期もあったという。彼女がもしどろんこ保育園のような親を支える保育園とつながっていたなら、最悪の事態には至らなかったのではないかと気になった。

撮影=三宅 玲子
どろんこ保育園の玄関

私の問いに対し、児童虐待検証委員会の山縣文治関西大学教授は、「リスク要因」と「プロテクト要因」という言葉を使って児童虐待を未然に防ぐ可能性について説明してくれた。それは、ひとり親であるとか経済的に厳しいなどのリスクがあっても、信頼できる友人や支えてくれる他者が近くにいるといったプロテクト要因がリスクを上回っていれば、虐待を踏みとどまる確率が上がるというものだった。人生は立て直せるものだと、山縣教授が「レジリエンス」という単語を使って説明してくれたことは一筋の希望に思えた。

児童虐待の要因には発達や障害といった子ども自身の要因や、経済状況などの環境要因、そして、予期せぬ妊娠や子どもを受け入れられないなど親の要因があるという。

どろんこ保育園のようなプロテクト要因を渇望していた

要因が当てはまらない親はほとんどいないだろう。リスク要因はどんな親にも潜んでいる。虐待を働いてしまう人と虐待に追い込まれずに済んでいる人の違いは、リスクを上回る支え(プロテクト要因)があるかどうかだという。

その説明に、なぜどろんこ保育園に引き寄せられたのかに私は気づいた。子どもと仕事に四苦八苦していたあの頃、私は自分が「母性神話」の影響で自分を責めてしまうのだと思っていた。もちろん、それも苦しいことではあった。だが、実はそれ以上に自分自身に理由があったことに、取材の最後で気づくことになる。私にも虐待のリスク要因があって、どろんこ保育園のようなプロテクト要因を渇望していたのである。

真夜中の親子は社会から見えない「暗がり」に棲むが、彼らは対岸の人たちではない。誰もが心に「暗がり」を抱え、温めてくれる場所を求めて日々をしのいでいる。被写体となってくれた親たちは、子どもとの人生を手探りする同胞だった。