年間50例以上、専門医の有無が目安
乳がんは、女性のがんの中で最も患者数の多いがんである。30代から徐々に増え始め、患者のピークは50代。もともと乳がんが多い米国や英国では、すでに死亡率が減っているが、日本では、死亡率も罹患率も増え続けている。
治療の大きな柱は、局所療法の「手術」と全身療法である「薬物治療」。乳がんは全身病であり、腫瘍が小さくても、目に見えない微小転移が広がっている危険性がある。そのため、手術の前後には、リスクに応じて薬物治療が行われるケースが多い。
症例数が多い病院には、乳がん治療に不可欠な乳腺外科医をはじめ、各分野の専門家の揃っている可能性が高い。DPC参加病院・準備病院1607病院のうち、2009年7~12月の「乳房の悪性腫瘍・手術あり」の症例数が多い順に50病院リストアップしたのが、表である。「手術なし」の件数は、入院治療で実施した化学療法などの件数だ。薬物療法は外来で行われるケースも多いので、参考値として見ていただきたい。
「病院を選ぶ際には、施設設備や人員配置などの『構造』、ガイドラインを遵守しているかなど診療の質を見る『過程』、5年生存率、10年生存率などの『結果』の3つの角度から見る必要があります。病院別の生存率などは公表されていませんが、ガイドラインを遵守していれば、結果も伴うはずです。しかし、実際には、ガイドラインに基づいた標準治療をきちんと行っていない病院も少なくありません」
国立がん研究センター東病院乳腺科・血液化学療法科の向井博文医長は、そう指摘する。向井医長らは、厚生労働省研究班の「医療機関におけるがん診療の質を評価する指標の開発とその計測システムの確立に関する研究」の一環で、乳がんガイドライン遵守率を調べている。
何しろ、乳がんの標準治療は、腫瘍の大きさ、年齢、閉経前か否か、悪性度、ホルモン受容体の有無などによって細かく分類されている。特に、治療法を選ぶうえで重要なのが、がん細胞のタイプを調べる「ホルモン感受性検査」と「HER-2(ハーツー)検査」だ。
向井医長らが、日本乳癌学会の登録データベースを利用して05年、308病院について調べた結果では、ホルモン感受性検査の実施率は97%。しかし、HER-2検査の実施率は72%だったという。
「症例数の多い施設を中心にした調査でさえこの結果であることを考えると、乳がん治療を行う医療機関全体ではHER-2検査実施率はさらに低い可能性が高い。乳がん治療は、この2つの検査を実施しているところで受けてほしい」と向井医長は強調する。
ホルモン感受性検査は、女性ホルモンとくっついてがん細胞を増殖する「ホルモン受容体」の有無を調べる検査で、陽性の人は、再発を防ぐためにホルモン療法を受ける必要がある。また、HER-2は、細胞の増殖を調節しているタンパク。これが過剰に発現していると、がん細胞の増殖が促され再発・転移しやすい。HER-2陽性の人は、分子標的薬「トラスツズマブ」(ハーセプチン)の投与を受ければ再発のリスクを半減できる。
もしも、ホルモン感受性、HER-2がともに陽性なのに、これらの検査を受けていなければ、みすみす再発のリスクを減らすチャンスを逃すことになるのだ。ただ、病院別の標準治療遵守率や生存率は、残念ながら公開されていない。では、どうやって病院を選んだらよいのだろうか。
「少なくとも、年間手術症例数が50例以上あって、乳腺専門の医師がいるかどうかが一つの目安になるのではないでしょうか」と向井医長はアドバイスする。現実には、消化器科の医師が乳がんの治療を行う病院もあるが、乳がんの薬物治療は複雑で片手間で行えるものではないわけだ。
一方、自分自身にとって最適な治療を受けるためには、ガイドラインなどを参考に、標準治療について知っておく必要があるだろう。乳がんの場合、患者向けの診療ガイドラインも市販されている。2011年6月からは、日本乳癌学会が、医師向けの最新ガイドラインをウェブ上で公開するという。