一方「仁」とは、愛情、寛容、同情、憐れみの心といった母性的な感情であり、その例として、源平の須磨の浦の戦いで、当代一の猛将として知られた熊谷直実が、その日初陣を迎えた自分の子と同年代の平敦盛を討ち取らずに逃がそうとし、敦盛は逆に討ち取られることを望み、直実は涙ながらに敦盛の首を切ったという、『平家物語』にも登場する有名な場面を引用しています。

東日本大震災では、災害時にあっても変わらない日本人の規律正しさが注目されました。それは私たちにとって誇らしいことであり、本書で描かれている「義」「礼」「仁」などの精神も、引き継いでいかなければならない大切な伝統だと感じます。

英語で書かれた意味

もう1つ『武士道』に驚くのは、この本が英語で書かれたものだったということです。明治時代には、ハンチントンによれば独自性の強い日本文明について、世界に向けて発信していた人がいたのです。

日本人は自分の考えをアピールすることが不得意で、外国人を相手にするときも、暗黙のうちに相手がわかってくれると思いがちです。実際はそうはいきません。

JR東日本は今、インド初の高速鉄道プロジェクトの推進役を務めています。私も何度も現地に飛んで、先方の政府の人たちと協議していますが、インドはまさに異文化そのもの。こういう場では、自分の考えや立場をきちんと言葉にして伝えていかなくてはいけないと実感しています。

一方であらゆる事業のベースは、人と人との信頼です。異なる文化を持つ人々とどうやって信頼関係を築いていくかが、事業を成功させるうえで決定的に重要になってきます。

JR東日本では技能実習制度を利用して、アジアから鉄道関係の研修生を受け入れています。アジア各国では、車社会への移行で都市に様々な問題が発生していますが、鉄道の敷設はそうした課題の解決に非常に有効で、私たちは必ず「Win-Win」の関係を築いていけると信じています。

(構成=久保田正志 撮影=永井 浩 写真=読売新聞/AFLO、毎日新聞社/AFLO)
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