香港市民の怒りを利用する上海閥

無論、この条例改正案を入れられて困るのは、何も香港の一般市民だけではない。改正案には「外国人」も含まれるため、米英政府や欧州連合も懸念を示した。

一方で、こんな香港市民の激しい抗議活動を利用して、北京の習近平政権に対抗しようと考える「抵抗勢力」もある。それが、習近平政権と激しい闘争を繰り返してきた、江沢民元国家主席が率いる一派「上海閥」である。ここに今回の混乱の根深さがある(詳細は拙稿「トランプと金正恩はなぜ奇妙に仲がいいか」を参照)。

中国本土との犯罪人引き渡し協定がない香港は長年、習近平政権の標的となった上海閥に近い多くの富豪たちが逃げ込む「安全地帯」と化していた。習政権からすれば、逃亡犯条例改正案の成立は、こんな香港にたむろする「上海閥の下手人たち」を一網打尽にし、その経済基盤を一気に破壊することにもつながる。

そんな習政権に対し、上海閥が徹底抗戦するのもまた当然の流れであろう。事実、2014年の雨傘運動の時点で、江沢民一派が背後で運動を支援しているといううわさはあったし、今回の一連の抗議デモにも江沢民系の組織が関与しているのではとする指摘もある(台灣英文新聞2019年7月9日 "Former China leader Jiang Zemin and supporters in Chairman Xi's sights")。

つまり、怒れる香港市民は、中国の一党独裁を嫌い、自分たちの自由と民主主義の維持を望んで立ち上がったわけだが、上海閥は自らの生き残りのためにそれを利用している、というわけだ。

有力者が相次いで失脚、失踪

そんな上海閥は近年、習政権による「反腐敗運動」という名の猛烈な粛清を受けて、急速にその勢力を衰えさせている。

例えば、2007年にわずか44歳で人民解放軍の少将に昇格した東部戦区の楊暉参謀長は、長らく軍の中にあって江沢民氏に忠誠を誓う親衛隊のような立場を維持し、習近平政権への抵抗勢力を形成していたと言われているが、2018年8月になって突如として失脚した。

その翌月には、かつて上海閥の重鎮であった周永康氏(無期懲役刑で服役中)の人脈につながる国際刑事警察機構(ICPO)の孟宏偉総裁が、一時帰国していた中国国内で突然失踪。翌月には中国当局による取り調べを受けていることが明らかになり、2019年3月には共産党の党籍を剥奪され、刑事訴追されることが決まった。