1億円でも足りない執念と熱意
過熱する一方の「オウム特番」に必ず招かれ、いつも冷静にコメントしていたのが、ジャーナリストの江川紹子さんだ。番組がしばしば興味本位の話題に走りそうになると、ひとり真っ当な意見を述べて、流れを引き戻す。
1989年に起こった「坂本弁護士一家殺害事件」以来、まる6年にわたってオウムを追及し続けてきたから、取材の厚みが違うし、情報の量も中身もまるで違う。テレビ局にすれば江川さんは、「オウム特番」に絶対に欠かせない存在だった。
そのころ、旧知のテレビ局プロデューサーと飲む機会があった。私は当時、月刊誌『文藝春秋』のデスクの一人だ。
「江川さんを独占したいんですよ。ウチの特番だけとは言わないけど、他局と時間が重なったら、最優先でウチに出てほしい」
「無理でしょう」と私は返した。
「私も長い付き合いだけど、毎月一本の原稿をもらうのが精一杯。なにしろ、殺人的なスケジュールだから」
「独占できるなら、白紙の小切手を渡してもいいんです」
「白紙の小切手! 勝手に金額を書いていいわけだ」
「そうです。松井さんが江川さんなら、いくらと書きます?」
「う~ん…………1億円」
「1億! そりゃ無理だ。この話、なかったことにしてください」
酒席で交わす他愛ない冗談で話は済んだが、「1億」と言った私は、半ば本気だった。
江川さんの6年に及ぶオウム追及の軌跡を、この目で見てきたからだ。その執念と熱意を金銭に換算したら、1億円でも足りないだろう。それが私の正直な思いだった。