息子のためであれば、死ねます

家へ遊びに来ることもあった土師淳君が行方不明になると、父親も母親も捜索に参加している。息子が手にかけたとは思いもせず、遺体の頭部がAの部屋の屋根裏に隠されているとは知る由もなく、地域一帯を探し回っていたのだ。

我が子の犯行と確信したあと、母親が耐え難い胸の内をさらけ出した一節がある。

〈あの子の行為で淳君、彩花さんはどんなに苦しみ、辛く痛い思いをなさったのでしょうか? ご本人たち、ご家族がAの行為により、どんなに悲しみ、苦しまれたのか?
Aは自分の正当性ばかりを主張し、やってしまった行為の責任を負うことなど、とうていできるはずもない、ということになぜ気付かないのでしょうか?
息子には、生きる資格などとうていありません。
もし、逆に私の子供たちがあのような行為で傷つけられ、命を奪われたら、私はその犯人を殺してやりたい。償われるより、死んでくれた方がマシ、と思うはずです。
ささやかで不甲斐ないお詫びをされるよりかは、いっそAや私たちが死んだ方が、せいせいされることでしょう。きっと被害者のご家族は、私たちが存在していること自体、嫌悪されているのではないでしょうか。
いつの日かAを連れて、お詫びに行くなどとんでもなく、虫のいい話かもしれません。
被害者のお宅にAが姿を見せたとすると、ご家族の方々に「死んで償え」と罵倒され、たとえその場で殺されたとしても、当然の報いで仕方がないことだと思います。
でも、その時は私に死なせてください。(中略)
私は夫のためには死ねませんが、息子のためであれば、死ねます。Aのやったことはあの子を生み、育てた私の責任です。〉(同書)

「できれば、この題名にしていただきたい」

ここに母親の悔いと、Aへの愛情が凝縮されている。

松井 清人『異端者たちが時代をつくる』プレジデント社

「少年A」この子を生んで……』という本のタイトルは、実は母親がつけたものだ。ある日、森下記者が戸惑ったような表情で、一枚の紙片を持ってきた。

「お母さんが、『本の題名はこれでどうでしょうか』と言ってきたんですけど……」
「えっ、これでいいと言ってるの?」
「ずっと考えてたそうです。『できれば、この題名にしていただきたい』と……」

編集者には付けられない、思い切ったタイトルだ。両親の手記なのに、母親が一人で全責任を背負おうとしている。そんなぎりぎりの思いが伝わってくる気がして、一字一句も直さず、そのまま採用すると決めた。

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