交渉でよくある、代償の大きいミスは、自分のBATNAをさらけ出してしまうことだ。BATNAが弱いときは、この代償はかなり大きく膨れ上がる。だが、相手はえてしてあなたの弱い立場に気づかないものだ。交渉がまとまらなければあなたがどれほど窮地に陥るかをわざわざ教えてやって、相手を有利にしてやることはない。あなたに他の選択肢がないことを相手が知らなければ、弱い立場はさほど悲惨なものではない。
MBAコースを卒業する学生からよく聞かれるのだが、就職の交渉で会社側から他社からのオファーについて質問されたら──そして他社からのオファーがないときは──どう答えればよいのだろう。質問に答えないという選択肢は、まずありえない。ウソをつくのも利口な作戦ではない。それよりも、「他のオファーはまだきていません」と、自信満々で答えるべきだ。確たるオファーを受け取っていなくても、あなたのBATNAが弱いわけではないということを伝えるのである。
企業幹部が時間のプレッシャーのなかで事業の売却について交渉する場合にも、サプライヤーときわめて重要な購入契約について交渉する場合にも、独自のサービスを提供している事業者と外注契約について交渉する場合にも同じ力学があてはまる。これらのケースでは、その取引の緊急性やその購入契約の重要性、あるいはそのサービス提供者の特権的立場など、あなたの弱さの原因を相手に悟られないよう注意しよう。そのためには、その話題を避けたり、(どれほど少なかろうと)自分の立場の強みを強調したり、自分のBATNAから相手のBATNAに話の焦点を移したりするとよい。