【金井】それは大いにあります。現物とか、その場の空気からしか感じられないことって、やはりあるような気がします。ダグさんは著書の中で、VRやAIなどテクノロジーのもたらす可能性について言及なさっています。もちろん、そうしたテクノロジーは、進化していくとは思いますが、人間がそれで本当に満足するかどうかは、甚だ疑問です。果たしてリアルな空気の中で、人と人がコミュニケーションしたり、物と出合ったりということに代替できるのかどうか。僕は大変疑っています。

マーケット全体を見渡すと、格差社会ということもありますが、やはり「安ければいい」という層は世界的に多い。実際、驚くほど安い業態は増えていますし。ただ、それだけじゃ、まずい。

小売再生』で「小売りはメディアになる」と主張したダグ氏。金井会長によると、無印良品では早い時期からその思想を持ち、意識して空間づくりをしてきたという。

ビッグデータではわからないモノ

【ダグ】金井さんは、アマゾンについてはどう思われますか?

【金井】アマゾンは……ずるいよね。ずるいというか、現在の資本の論理がまずい方向に一人歩きしてしまっている。イノベーティブで従来の小売りがまったく発想しなかったことをしているっていうのは確かにすごい。ですが、クラウドの事業で収益を上げて、流通は赤字のまま次々とマーケットを乗っ取り、バタバタとリアルをつぶしておいてから、プライム会員の料金の値上げ、物流費も値上げ、なんていうやり方をとる。「もう地球からいなくなってほしいね」という意見もアメリカのメディアで聞きました(笑)。

【ダグ】アマゾンは、おそらくジェフ・ベゾスさんの頭の中にあるものを具現化したもの。彼はデータサイエンスの信奉者で、とにかく頭の中はデータだらけ。なので、彼の意識の中では、おそらく世界のすべてがデータ化されている。彼には、買い物というのは、人間にとってワクワクする楽しいものだ、という発想はないのでしょう。

【金井】僕はね、ビッグデータなんて必要ないと思っています。アマゾンがやっていることは、「僕は明日きっと、あんなものと、こんなものを、あの店に買いにいって、夜はこんな彼女とこんなディナーを食べるだろう」と自分の行動を予測するということです。それはもちろん、統計的には正しいのかもしれないけれど、それは過去のデータの蓄積から見たもの、“バックミラー”でしかありません。人間ならバックミラーからものを考えるのではなく、「望ましい生活ってなんだ」というところから、答えを探していくべきです。ビッグデータを見て予測するやり方は、あるべき望ましいものを追求していくことには、たぶん勝てないのではないか、と思っています。

【ダグ】一方でテクノロジーに関しては、もっと活用するべきところがある気がします。小売りの現場を見ると、非効率の部分が非常に多い。物流のシステムや店舗の在庫管理などもまだまだ改善の余地がある。