アメリカのような「懲罰的損害賠償」が実質的に増えていることにも注意を払っておきたい。たとえば、蛇の目ミシン工業に巨額の損失を与えたとして、旧経営陣に対して612億円の賠償を求めていた株主代表訴訟の差し戻し控訴審が08年4月に東京高裁で開かれ、元社長ら5人に総額583億円もの賠償を命じた。たとえ役員保険に入っていたとしても、とてもカバーできる範囲ではない。残された道は自己破産のみ。「役員になりたくない」という声があがるのも当然だ。
また、企業の製造物責任(PL)に関しても、何か事が起こると被害が広範囲に及び、かつ多くの泣き寝入りを強いられる被害者が発生することから、懲罰的損害賠償を科すことの合理性や正当性はいっそう高まるだろう。しかし、正面切って懲罰的損害賠償を認める法案を出すと、財界や経済産業省から横槍が入る恐れがある。そこで裁判所は、先ごろ話題になった大相撲の八百長疑惑のような“ファジーな名誉毀損”で従来では考えられなかった巨額な賠償金を認める判決を出すことによって、懲罰的損害賠償の実質的な導入の足固めをしているように思える。
もう一つ忘れてはならないものが、09年6月に成立した改正独占禁止法だ。これまで談合とカルテルにほぼ限定されていた課徴金の適用範囲を、排除型私的独占、不当廉売、優越的地位の濫用にまで広げた。このうち優越的地位の濫用については、08年6月にヤマダ電機が納入メーカーに従業員を派遣させたとして排除命令を受けたことが記憶に新しい。
今後、優越的地位の濫用を行うと当該取引額の1%に当たる額の課徴金が科せられる。流通業界だけでなく他のどの業界を見ても、下請けいじめが横行しているのが実態だ。日本人のメンタリティーとしてすぐ訴えようと行動を起こすかどうかは疑問であるが、そんなところに稼ぎ口を見出す弁護士も出てくるはずで、注意を怠らないほうがいい。
11年の国会提出に向けて民法の改正案づくりも進んでいる。ここでの目玉は、契約違反などが起きた場合の賠償責任の見直しだ。05年に住友信託銀行が旧UFJ信託銀行買収の基本合意を一方的に破棄されたケースのように、これまでは企業のM&Aで売り手が一方的に交渉を打ち切って別な相手と交渉を始めても、契約を交わす前なら何の賠償責任も負わないで済んだ。そんな買い手が圧倒的に不利な状態を是正し、契約成立前でも賠償責任を負わせる方向で動いているのだ。